43歳から治療を始め、体外受精でも着床せず

歳から治療を始め、体外受精でも着床せず…

やれるだけのことはやろう。 後悔したくないから、これが最後と決めて アメリカで治療を受けることにしました。

検査では特別な原因もないのに いい結果が出ないのは年齢のせい?

諦める前に最後の治療をしようと決めて 彼の母国アメリカに渡ったアキさん。

環境を変えたことが奇跡を起こしました。

体外受精を 2 年で 5 回 でも着床は一度もせず…

10 ヶ月のかわいい女の子のマ マであるアキさんは、今 47 歳。 出産したのは 46 歳の時でした。

アキさんが友人宅のクリスマ スパーティで、 7 歳年上のアメ リカ人の彼と知り合ったのは 42 歳の時。

すぐに意気投合し、惹 かれ合い、半年後には一緒に生 きていこうと思うようになって いました。

お互いの年齢のこと もあり、すぐにでも子どもが欲 しいと思いましたが、 1 年近く 様子を見ても妊娠せず、治療を 始めることに。

アキさんの職場 に同じくらいの年齢で不妊治療 をしている友人がいたので、病院を紹介してもらいました。

そ こではタイミング法と人工授精 を半年間行いました。

これでは効果が出ないと感じ たアキさんたちは、違う治療を してくれそうな病院を自分たち で探し、転院。

二人で行った初 診で「あなたの年齢だと時間が ないので、一番高度な治療から 始めましょう」と体外受精を勧 められました。

アキさんも彼も 前に進みたい気持ちが強かった ので、抵抗なく受け入れること ができたそうです。

そこでは薬をほとんど使わず 自然周期で 1 〜 2 つ採卵し、胚盤胞まで育てて凍結し、違う周 期に移植するという方法でした。

アキさんは仕事を続けていたので毎月通うことはできず、途切 れ途切れではありましたが 2 年 ほど通い、体外受精を 5 回行い ました。

しかし、 1 度も着床す ることはありませんでした。

結果を聞くたび、かなり落ち 込んでいました。

やはり、年齢 のせいなのだろうかと。でもそ のたびに彼が“可能性がゼロと 言われているわけじゃない。

また次頑張ってみよう”と励まし てくれました」(アキさん)

仕事をしながらの治療はス トレスフルであった一方、病 院からすぐに仕事に行くこ とが多かったため、気がまぎ れて思い悩むということもな かったそう。

しかし、妊娠しないままアキさんは 45 歳になっていました。

「このまま続けていてもうまく いかないのではないかと思う ようになりました。

年齢的に もリミットが近づいていました し、最後に違うところで違うや り方でやってみようということ になったんです。

アメリカでは もっとアグレッシブな治療をす るので、そこでやってみようと 彼が提案してくれました」

ちょうど職場で退職プログラ ムが導入され、前年に退職して いたアキさんは、アメリカでの 治療を決意します。

アメリカで も一番高い成功率を出している クリニックを調べました。

そし てニュージャージー州にあるク リニックで治療を受けることを決めました。

そして彼と一緒に アメリカに向かいました。

ニューヨークに渡り、 新たな治療に挑戦

日本と違ったのは、まず 2 日間かけて全身の検査をした こと。

不妊治療のクリニック とは別の機関で検査を受け、 そこの先生の「この人は大丈 夫です」というサインを提出 しないと不妊治療が受けられ ないそうなのです。

アキさん は風疹の抗体の注射を打った だけで、ゴーサインが出まし た。

まず担当の医師とカウン セリングを行いました。

「先生から“統計ではあなたの年齢で妊娠できる確率は5%。 だけど僕たちはいろいろな手段 を使って、 25 %まで高めたいと 思っています。

これって悪くな い数字ですよね。

頑張りましょ う”と最初に言われました。

無 理している感じはなくて、本当 にそうなんだと思わせてくれた んです。

25 %なら、もしかした らうまくいくかもしれない。こ の先生を信頼して任せようと思 えました。

最初のステイはここまでで、 一度帰国し、最短で治療がスター トできる 1 カ月後に再度渡米。

今回も最初は彼と一緒でした。

いよいよ治療のスタートです。

採卵は高刺激法で、毎日おな かに自己注射をします。

最初は 怖かった注射もコツをつかん で、毎日問題なくできました。

彼は採精を終えて先に帰国しま したが、アキさんは採卵を 2 サ イクルやって移植までする予定 だったので、 3 ヶ月間マンス リーアパートに滞在。

近くには アキさんのいとこ夫婦が住んで いたので、滞在中はいとこに遊 びに連れていってもらったり、 一緒に飼っている犬の散歩に 行ったりして過ごしました。

「ノーストレスで過ごさなきゃ という気持ちがあったので、本 当に楽しいと思えることをして 過ごしていました。

日本での仕 事をしながらの治療はストレス フルで、それが原因でうまくい かなかったのかもしれないという気持ちもあったので。

いとこ がいて助かりました。一人だっ たらくじけていたと思います」

そして採卵日。

13 個採卵する ことができました。

「自分でも驚きました。そんな に強い刺激が初めてなので、体 がびっくりしてたくさん出した のかもしれません」

2 回目の採卵も 10 個採れまし た。

しかし合計で 20 個以上も採 れたのに、胚盤胞まで育って凍 結できたのは 1 回目で採れた中 の 1 個だけだったのです。

「やっぱりダメだ…」 アキさんはそう思いました。

で も日本にいる彼に報告すると、 「 1 個できてよかったね」と言っ てくれたのです。

いつもアキさ んを明るい気持ちにさせてくれ る彼。

「やれるだけのことはやった し、これで終わりにしようと決 めました。

彼も同じ気持ちだっ たと思います」

いよいよ最後の移植へ 着床確認は日本で

3 カ月の滞在の最後に移植を 行うことになりました。

ここで も日本と違っていたことがあり ました。

移植前に必ず受精卵の 染色体検査を受けるのです。

「もし異常があった場合、それ でも移植するかを聞かれると思 うのですが、私は幸い問題がな く、そのまま移植できました」

この時の染色体検査の結果 が、その後の流産の不安を少 し減らしてくれたと言います。

飛行機には 3 日後に乗ってい いと医師に言われたため、すぐ に帰国。

帰国後も受精卵を定着 させるための自己注射を毎日 朝晩 2 回打ちました。

すぐには 着床確認をしてくれる病院が みつからず、帰国から 5 日後、 市販の妊娠検査薬で調べてみ ることにしました。

直前に「ど んな結果が出ても、今日は忙 しく過ごそうね」と彼が言っ たことを、アキさんは鮮明に 覚えていると言います。

結果は「陽性」。

1 度では信 じられず、翌日もう 1 度調べま したが、やはり同じ結果が。

それから通う病院をみつけ、 確定診断も受けました。順調に 赤ちゃんは育ち、昨年 8 月に 46 歳で無事に女の子を出産。

「今もし昔の自分に会えるな ら、“最後にはうまくいくよ” と言ってあげたいですね。

日本 での治療中は卵子のグレード もよくなくて、質が落ちてい る、老化しているんだなと思っ てくじけそうになっていました から。

今、治療に行き詰まって いる人も、できる限りのことを やってみる価値はあると思いま す。

いろいろチャレンジしてみ ることをお勧めします。

私もこ れで最後と決めていましたし、 やるだけやったら後悔もないと 思うのです」

>全記事、不妊治療専門医による医師監修

全記事、不妊治療専門医による医師監修

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