凍結胚移植に使用する黄体ホルモン剤の役割は?
国内で使用可能となったプロゲステロン腟剤に ついて知っておくべき薬の特性は?
ウィメンズクリニックふじみ野の林先生に伺いました。
プレママの体に優しい 凍結胚移植が主流に
現在、日本のET(胚移植)では、新鮮胚移植より凍結胚移植のほうが断然多くなって います。いくつか理由がありますが、まずひ とつは単純に成績の良さが挙げられます。胚 (受精卵)は採卵周期で戻すか、またはいった ん凍結保存してから別の周期に融解して戻す かのいずれかで移植しますが、凍結保存して から移植した場合のほうが、妊娠率が高いと 考えられています。
もうひとつの理由としては、卵巣過剰刺激 症候群(OHSS)を防げることにあります。 採卵前に、すでに高刺激で目いっぱい卵巣を 刺激して排卵誘発していますから、直後の新 鮮胚移植で妊娠が成立した場合にはOHSS が起こりやすいのです。せっかく妊娠しても つらい症状をともなうので、妊婦さんにとっ てはどうしても“優しくない”。それもあり、 卵巣が落ち着いてから戻す凍結胚移植が多く 選択されることとなりました。
妊娠を望む女性の体がしっかり整うのを 待ってから、胚を戻すことができるのが凍結 胚移植。妊娠率の高さも、ここに理由がある のかもしれません。
プロゲステロンは着床・妊娠 維持において重要なホルモン
子宮内膜は月経終了後にエストロゲンの働 きによって増殖しながら厚みを増していきま すが、排卵後は黄体から分泌されるプロゲス テロンが子宮内膜をふかふかのベッドに変化 させ、胚が子宮内膜に着床するための準備を します。妊娠 7 、 8 週頃にはプロゲステロン の分泌源は黄体から胎盤へと移行していくこ とがわかっています。ART(生殖補助医療) においては一般的にさまざまなホルモン剤を 使用することによって黄体機能を抑制してし まうことから、体外からプロゲステロンを補 充することによって着床・妊娠維持を促す必 要があります。
国内で使用可能となった 「プロゲステロン腟剤」 という黄体ホルモン製剤
凍結胚を移植する方法は大きく分けて 2 つ あります。患者さん自身の月経周期に合わせ て胚を移植する自然周期移植と、エストロゲン製剤とプロゲステロン製剤を用いて着床期 の体内におけるホルモン動態を人工的につく り出して移植を行うホルモン調節周期です。 どちらも妊娠率において大きな差はないと考 えられていますが、薬剤を使用するホルモン 調節周期の移植は胚移植のスケジュールが立 てやすいというメリットがありますし、また 排卵障害がある方や採卵を行った翌周期での 移植を希望する方ではホルモン調節周期のほ うが良いのではないかと思います。一方でホ ルモン調節周期によって移植する場合は、も ともと卵巣内の黄体から分泌されるプロゲス テロンがつくれなくなりますので、妊娠 10 週 くらいまでプロゲステロンを体外から投与す る必要があります。
ホルモン調節周期において使用されるホル モン製剤は、国内においてはこれまで体内で 分泌されるホルモンとは少し異なる作用を示 す、いわゆる合成型の製剤等が標準的に使用 されてきました。しかし、近年では安全性の 面から、可能な限り体内ホルモンとまったく 同じ作用を示す天然型の製剤を使用すること が望ましいという考え方が主流になっている ように思われます。
プロゲステロン製剤はいくつかの種類があ りますが、日本においてはこれまで合成型の 経口剤(飲み薬)や筋肉注射剤がメインでした。 経口剤は腸管や肝臓を介して、筋注剤は血液 を介して子宮内膜に薬剤が届けられるため、 薬物移送はあまり効率がよいとは言えません。 また筋注剤は筋肉に注射するため痛みがあり、 薬剤投与のための通院が必要になります。し かし、数年前から国内にてARTにおける黄 体補充の適応症を取得して承認された天然型 のプロゲステロン腟剤が使用できるようにな りました。腟剤は患者さん自身が直接腟の中 に挿入します。できるだけ子宮に近い場所(腟 の奥 1 / 3 くらい)まで入れたほうが効果的 であるといわれています。承認された腟剤の 中には専用の腟内挿入補助具(アプリケータ)が付属されているものもあり、慣れれば手を汚 さずにどなたでも簡単に使うことができると 思います。しかし、腟剤は使用中に薬剤の添 加物がおりものに混じって腟外に漏れ出るこ とで下着を汚したりすることがあります。念 のため、おりものシートやナプキンなどを備 えておくことをすすめています。このような 天然型のプロゲステロン腟剤は国内では登場 して間もないのですが、海外では数十年前か ら使用されており、現在では黄体補充の 80 % くらいが腟剤を標準的に使用しています。
知っておきたい プロゲステロン腟剤の特性
ホルモン調節周期にプロゲステロン腟剤を 使用するうえで、子宮内膜に十分なプロゲス テロンが届けられているかどうかを知るため に、胚移植日に血液検査を行って血中プロゲ ステロン濃度を調べることが多くの施設で行 われてきました。施設によっては血液検査の 結果を見て、値が低ければ経口剤や筋注剤を 加えて治療法を変更することもあるようです が、当院では基本的にプロゲステロン腟剤以 外の黄体ホルモン剤を同時に使用することは ありません。
当院で調査したデータでは、胚 移植日の血中プロゲステロン値は妊娠率と何 ら関係を示しておりませんでした。かなり低 い値を示していても、妊娠が継続されている 方が多くいらっしゃいました。当院と同様の 調査結果も全国の施設から多数報告されてい るようです。腟剤を挿入した場合は経口剤や 筋注剤のように全身の血液を通って子宮内膜 組織に薬剤が届けられるわけではなく、腟か ら子宮内膜に直接薬剤が届けられますので、 血中濃度を測定しても意味はないと考えられ ます。極端な場合、たとえば使用方法を間違 えていて血中プロゲステロン値が 0 でない限 りは、値が低い場合であっても高い場合であっても不安になる必要はありません。また 腟剤投与中におりものシートに点状の軽度の 出血を経験される方もおられますが、基本的 に妊娠との関連性は低いことが明らかにされ ていますので、安心してご使用になられてい いと思います。
体外受精において妊娠できるかどうかは さまざまなメカニズムが成立する必要があ りますが、特に受精卵の質が重要になると 考えられています。ホルモン調整周期の凍 結胚移植ではプロゲステロン製剤の使用に よって、着床しやすい子宮内膜をつくるこ とが重要になりますが、国内で使用可能と なったプロゲステロン腟剤は海外で既に有 効性が証明されているものですので、仮に 妊娠しなかった場合の原因について考える 際は、プロゲステロン製剤の効果というよ りも受精卵や他の因子に着目するほうが私 は正しいと思います。
不妊治療の分野は日進月歩で、薬も新しい ものが開発されています。プロゲステロン腟 剤による黄体補充法も、「快適に治療をする ためのひとつの選択肢」と、とらえてもらえ ればいいのではないかと思います。