生田 克夫 先生 名古屋市立大学医学部卒業。名古屋市立大学産科婦人科学教室助教 授、名古屋市立大学看護学部教授などの経歴を重ねたが、不妊に悩む 名古屋の方たちの役に立ちたいという思いで、教育者の立場を辞して独立。 地元・名古屋の中心部、栄に開院し、1986年から体外受精の現場を歩 いてきた経験と穏やかな人柄で、数多くの患者さんを妊娠に導く。診療時 間後には患者さん一人ひとりにIVFの個別説明も行う。「クリニックの盆休 みはありますが、私自身は患者さん次第で自宅待機。トシなので夏は外に出 るとすぐシミになりますからちょうどいいですね(笑)」と先生。
タイミングのみで 妊娠できる?
血液検査で多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)と診断されたMicking さん。
LH>FSHや生理不順の場合、自然妊娠は難しいのでしょ うか?
いくたウィメンズクリニックの生田克夫先生にお話を伺 いました。
Mickingさん(33歳)からの相談 Q.月経周期35~50日とかなりの生理不順で、血液検 査でPCOSと診断されました。調べてみると、体外受精までする一方、PCOSでも自然妊娠やタイミングな ど比較的早期に妊娠するケースも多かったので、前向き に頑張ろうと思っていたのですが、LH<FSHなのに、 エコーでネックレスラインと生理不順のみでPCOSと 診断される場合も多くあるとのこと。もしかしてLH> FSHの場合は、やはり体外受精までいかないと妊娠し ない?と少し落ち込んでいます。LH>FSHでも自然 妊娠、もしくはタイミングで妊娠できますか?
●これまでの治療データ
検査・ 治療歴
血液検査でPCOSと診断
不妊の原因と なる病名
生理不順、PCOS他不明
現在の 治療方針
治療はこれから。 タイミングなどの自然妊娠を希望
精子 データ
不明
ホルモンの値
FSHよりLHが高いのはどういう状態なのでしょうか?
生田先生 これはいつ測ったかにもよりますが、若干、生理不順の人が、不正出血が始まった時に測ると、こういう状態になります。
排卵の時はFSHよりLHが高くなるのが当然ですが、排卵の少し手前の時期にエストロゲンが持続的に高い状態が続くと、LHの分泌量が基準値よりも上がってしまうのです。
要するに、女性ホルモンが持続的に高い状態が続いているということです。
PCOSでも排卵でなくても起こらずに、女性ホルモンがある程度出続けると起こります。
PCOSについて
PCOSの診断基準について教えてください。
生田先生 一つは月経異常です。
それも、ほとんど排卵がない無月経、たまにしか生理が来ず、毎月排卵はしない稀発月経、排卵しないのに毎月生理だけは来る無排卵周期症のいずれかとされ、このあたりがかなり幅の広い話になります。
二つめは、超音波で見た時に 2 ~ 9 ㎜くらいの小さい卵胞が 10 個以上、ネックレス のように連なって存在すること。
三つめが、男性ホルモンが高いか、LHが 高くてFSHが正常もしくはやや低い状態。
この3点が基本的な診断基準といえます。
ただ、体重が増えたり減ったりして生理がおかしくなると、この3点の診断基準を満たすこともあり、それでPCOSと診断されることもあります。
しかし、中身は全然違うカテゴリーの病態です。
また、単純な生理不順でも、エコーで 10 ㎜前後の卵胞が並んでいる様子が見えることがありますが、正確には 9 ㎜までの卵胞が 10 個以上並んでいないとPCOSとは診断されません。PCOSといわれて当院に来る人にも、実はPCOSではないということはよくあります。
LHがFSHより低いのにエコーでネックレスサインと生理不順でPCOSと診断されたというのは、そういうことだと思います。
きちんと診断するには、やはりホルモンを測ることが大切です。
基本的にはFSHとLHのバランスと男性ホルモン。そして超音波の所見を併せて診ることです。
ただ、男性ホルモンは日本人ではあまり高くはなりません。
アメリカ人などはかなりに高い数値になって、すね毛や胸毛やひげが生えたりする人もいますが、日本人は男性ホルモンが多少高くても、あまり多毛にはなりません。
ですから、昔はPCOSの定義に多毛というものもありましたが、2007年以降の日本産科婦人科学会の診断基準ではなくなっています。
また、外国では肥満というのも診断基準に入りますが、日本人は痩せていてPCOSの人も多いのでこれも基準からは外れています。
PCOSの対応
PCOSの場合、タイミングは無理でしょうか?
生田先生 基本的には、排卵がないと自然妊娠は無理です。
PCOSの人に排卵誘発をすると、クロミッドⓇなどの飲み薬で2~3周期は反応しますが、その後、ピタッと一切反応しなくなってしまいます。
さらに典型的なPCOSの人たちは飲み薬でも注射でも簡単に反応せず、注射を使っていくとある時、突然一斉に卵胞が反応して、卵巣が腫れて入院しなければいけなくなることもあります。
ただ、いずれにしてもPCOSの場合、排卵誘発をしない限り難しいと思うので、一度、排卵誘発をしてみてもいいとは思います。
薬や注射を使って反応するということであれば心配はないし、妊娠は見込めると思います。
必ずしも体外受精までいかなければいけないということはないと思います。
むしろ、体外受精は注射を1回に150IU以上打って卵巣を過剰に刺激することもあるので、むやみにはおすすめしません。
卵管が詰まっているとか精子の所見が悪いとか、他のファクターがあれば体外受精せざるを得ないでしょうが、その場合も慎重に行う必要があると思います。
腹腔鏡の活用
最近のPCOSの治療方法には、どのようなものがありますか?
生田先生 PCOSの正確な原因は、現在、わかっていませんから、根本的な治療方法は残念ながらありません。
不妊治療のための排卵誘発をするということであれば、まずは、飲み薬で様子を見ます。
外国の論文では、メトホルミンといういわゆる糖尿病の治療薬を服用するだけで排卵するという報告もありますが、日本の場合は少し違います。
外国では典型的な肥満でインスリンの分泌や代謝が完全におかしいケースも多いのであり得ますが、日本人には、これにクロミッドⓇを使うと排卵するというケースが多いといわれています。
乳がんの再発予防薬のフェマーラも、PCOSでの排卵誘発に有効ですが、これは保険の適用外となります。
もしくは、 h MGの注射を通常の量で毎日打つと卵巣が腫れてしまいますので、量の調整ができるペンタイプで少なめの 50 I Uとか 75 IUを連日自己注射してもらい、 ゆっくり刺激をしていくことで卵巣の腫れを回避しようとする方法です。
それでもうまくいかない場合は、腹腔鏡で卵巣の表面にプツプツと小さな穴を開けていく手術を提案します。
これをすると長くて 1 年くらいで自然排卵が起こるようになり、その間に妊娠する人もいます。
有効な手段の一つではありますが、入院や全身麻酔も必要なので、選択はご本人次第です。