体外受精を行う際の排卵誘発の刺激法について、 AMHが低ければやはり低刺激法以外は無理なのでしょうか。 浅田レディースクリニックの浅田先生にお話を伺いました。
【医師監修】浅田 義正 先生 名古屋大学医学部卒業。1993年、米国初の体外受 精専門施設に留学し、主に顕微授精を研究。帰国後、 日本初の精巣精子を用いた顕微授精による妊娠例を報 告。2004 年、浅田レディースクリニック開院。2006 年、生殖医療専門医認定。2010 年、浅田レディース 名古屋駅前クリニック開院。先生の治療方針は常に「自 分が患者さんの立場になった時に、その治療を受ける のは嫌だな、乗り越える自信がないなと思うことはやら ない」ということ。そんな姿勢が、数多くの患者さんの 幸せを実現する原点なのです。
ドクターアドバイス
◎ 卵巣が腫れるのは特異体質かも?必要な検査を。
◎ 複数個卵を採ればいい卵子に出会う率も高まる。
◎ 方法ありきでなくその人に合う刺激法を!可能性は十分に
masaさん(33歳)Q.初めての体外受精で、残留卵胞があるため刺激がで きないと言われ、誘発する薬は一切飲まずに、完全自然周期で行いました。残留卵胞はしばらくして消え たので、2 個採卵しましたが、変性卵と未熟卵のた め失敗。次回は、多少刺激を加えて卵子をもう少し 採り、確率を上げて体外受精を行いたいのですが、 FSH値が16ほどあり、AMH値は0.19しかないため、 完全自然周期かフェマーラ内服の低刺激法しか難し いとのことです。 AMH 値が低すぎると低刺激法以外は無理でしょう か? アンタゴニスト法も気になっています。
これまでの治療データ
■ 検査・治療歴
治療歴2年。
何軒も転院するも年齢的にまだ大丈夫 と言われ、不妊検査をしてもらえず、タイミング療 法ばかりすすめられる。
人工授精のためHCG注射 を1周期に1回打っていた期間が3カ月あり、その 直後、生理が60日ほど来なくなり、腹水がたまり、 卵巣が腫れる。
あまり刺激していないのにこのよう な症状が出て驚かれる。
不安になって転院した先で 初めて不妊検査一式を行い、FSH:16、AMH: 0.19と判明。
その他の検査は問題なし。
月経は25 日周期で以前より量が減った。
■ 現在の治療方針
完全自然周期か低刺激法にて体外受精。
■ 精子データ
毎回値が全然違い、いい時と悪い時の差がかなり激しい。
ホルモン値から分かること
masaさんの治療データをご覧になって、先生のご意見をお聞かせください。
浅田先生 まず、FSHについては、生理3日目の初期値としては8以下が正常。
16 という値はやはり高いです。
もちろん変動することはよくあるので、1回の検査では正確なところはわかりませんが、月経が一般的な 28 日周期より短い 25 日周期になっているということは、すでにFSHが常に高い状態であることを示しています。
つまり、卵巣でつくっている女性ホルモンのエストロゲンの数値が常に低い、ということ。
それは、卵子が枯渇しかかっているということです。
経血量が以前より減った気がするというのも、ホルモンが減っているからでしょう。
そして、masaさんの治療歴で少し不可解なのは、「人工授精のためにHCG注射を1周期に1回打っていた期間が3カ月あり、その直後、生理が 60 日くらい来なくなり、腹水がたまり、卵巣が腫れる」という部分。
この腹水がたまる、卵巣が腫れるという状態は、卵巣の過剰刺激症候群ですよね。
これは多嚢胞性卵巣か、この時、実は妊娠初期だったのでなければ理論的にはあり得ないことです。
ただ特異的にFSH、LH、TSHなどとHCGはいわば親戚のホルモンなので、そのあたりのレセプターが変異してOHSSを思わぬ時に発症するという報告はありますから、もしかしたらmasaさんも少し特異な体質なのかもしれません。
そのあたりは、一度、詳しく調べたほうがいいと思います。
一切不妊検査をせず……というのは、ちょっとひどいですね。
たとえば卵管が通っていなければ人工授精も無駄になってしまうわけで、クリニック側も検査はきちんとすべきです。
精液検査はいい時と悪い時の差がかなり激しいとありますが、これは当たり前のことで、変化しないほうがおかしい。
4〜5倍変化するのは当たり前、時には 10 倍変化することもありますよ。
AMHが低いなら…
AMHが0・ 19 なので、完全自然周期か低刺激しか無理と言われているそうですが。
浅田先生 0. 19 という値は、かなり低いです。
卵子の保管庫としての卵巣の役割があまりうまくいっていないのかもしれません。
ですから、そのなかに残っている卵子も、もう随分弱っているというか、質が悪い卵子である確率が高く、たまたま卵胞が1個育ってきたのを採卵しても、変性卵や未熟卵になってしまうのでしょう。
AMHが低いということは、何をしてもそれほどたくさん卵子は採れないのですが、まったく何もせずに採れないよりも刺激したほうがいいと私は思います。
卵子は質のいいものが選ばれて育ってくるわけではありません。
masaさんの場合も、注射をたくさん打てばいいというわけではないですが、最低限、クロミフェン、HMGくらいで上手に刺激して、複数個採れれば、いい卵子とめぐり合う確率も増えます。
本当に自然周期でうまく卵子が採れる人というのは、本来、体外受精をしなくてもいいいようなケースなのです。
ですから、注射を打って卵子がうまく採れないから完全自然周期で行いましょうというのは、時間を無駄にするようなものだと私は思います。
ドクターの腕の見せ所
アンタゴニスト法についてはいかがでしょうか。
浅田先生 アンタゴニスト法とは、ある程度自然に育ってきた卵子に、ある段階からGnRHアンタゴニストの注射をして排卵をコントロールする方法で、私はAMH値のいい人ほどアンタゴニスト法を選択しています。
なぜならHCG注射をしなくても排卵させられるので、OHSSの予防にもなります。
むしろ、AMHの低い人には、注射プラスアルファの作用で最初から卵胞の成長を引き上げていくショート法のほうがいいと思います。
masaさんの場合、ロング法は向かないと思いますが、アンタゴニスト法でもショート法でも方法はどちらでも構わないと思います。
要するに、成熟卵をきちんと採ることができれば、刺激方法は何でもいいのです。
つまり、ある方法だけがいい・悪いということではなく、患者さんに合わせて、残っている卵子をいかに有効に使うかが排卵誘発の本質であって、そのためにどんな方法を選ぶか、そして採れる卵子がきちんとした成熟卵で、何個採れるか、それは我々ドクターの技量なのです。
他院で、飲み薬のクロミフェン採卵のみで5〜6回治療してきて、毎回変性卵しか採れていなかった方が、当院でショート法やアンタゴニスト法に変えたらいい卵子がしっかり採れて、すぐ妊娠でき、しかもその時の凍結卵で2人目も妊娠できた方など、そういったケースは何人も経験しています。
患者さんに、あなたの卵子が悪いですよと言うだけではなく、医師のほうも責任をもって知識も腕も改良していかなくてはいけないということですよね。
※多嚢胞性卵巣(PCO):排卵がうまくできないず、卵巣内にたくさんの小嚢胞がある状態。排卵誘発により 卵巣過剰刺激症候群を起こしやすい。
※OHSS(卵巣過剰刺激症候群):排卵誘発法により多数の卵胞が発育・排卵することで、卵巣が腫れる、腹水や胸水 がたまるなどの症状がみられる。