2022年4月に不妊治療が保険診療になったことにより、ジネコ読者の声や悩みも多様になり、変化しつつあります。今回は、これからクリニックへの通院を考えている読者のために、不妊に悩むさまざまな患者さんを診察している神奈川ARTクリニックの田島敏秀先生に不妊治療の「いろは」について解説してもらいました。
1998年慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学大学院医学研究科にて「酸素センシング分子機構の解明」をテーマに医学博士号を取得後(2010年)、不妊症、子宮内膜症、内視鏡手術の診療および研究に従事。慶應義塾大学医学部産婦人科学教室助教、東京HARTクリニックを経て2014年に神奈川ARTクリニックを開業し、院長に就任。多くの不妊に悩む患者さんの気持ちに寄り添った治療方針やアドバイスを行ってくれる。
- 1 Q:不妊治療が2022年4月より保険診療となりました。保険診療前と比べてどんなところが変わりましたか。
- 2 Q:これから不妊治療を考えている30代前半の方の一般的な受診の流れを教えてください。
- 3 《女性が初診時に受ける主な検査》
- 4 《男性が初診で行う検査》
- 5 《女性が月経中に行う検査》
- 6 《女性が排卵前に行う検査》
- 7 《排卵期の検査》
- 8 Q:「保険適用内の治療だと、なかなか妊娠できないのでは」と、不安を感じている方もいるようです。
- 9 Q:人工授精にトライ予定の患者さんの中で、一番多い質問が「何回挑戦したらステップアップを考えた方がいいか」というものです。先生のお考えをお教えください。
- 10 Q:人工授精ではなく、体外受精や顕微授精から始めた方がいい方というのはいらっしゃいますか。
- 11 Q:これから治療を始める方へのエールをお願いします。
Q:不妊治療が2022年4月より保険診療となりました。保険診療前と比べてどんなところが変わりましたか。
今まで不妊症は、妊娠できない「状態」という位置づけでした。それが保険適用となったことで、国からも不妊、つまり妊娠できない「病気」と認められるようになりました。そこが大きく変わった点です。
ただ保険適用になったということは、みんなの税金が使われて治療が行われることになります。
自費診療の頃は、極端なことをいえば20代の患者さんが来院し、「一番妊娠する確率が高い体外受精からやってみたい」と希望した場合、医師が診察してOKであればいきなり体外受精をすることもできました。
でも保険診療ではそうはいきません。税金が使われているので、しっかり結果の出る治療をすることを求められます。そのため、きちんと必要な検査を受ける→その結果、原因が見つかった場合は、まずその治療を行う→その後不妊治療を行うという段階を踏んだ診療を受けることになります。
Q:これから不妊治療を考えている30代前半の方の一般的な受診の流れを教えてください。
まずご夫婦で来院してください。保険適用となってから原則ご夫婦での受診になります。その際に2週間以内に取得した戸籍謄本を持参します。事実婚の場合は、プラスして住民票を提出していただき、同居しているかを確認させていただきます。
次に必要な検査を実施します。主な検査は下記の通りです。最初は「こんなに受けるの?!」と思いますが、期間は1カ月程度で終わるので、最初に受けておきましょう。
《女性が初診時に受ける主な検査》
・AMH検査…卵巣に卵子の在庫がどのくらい残っているかを調べる検査
・抗精子抗体検査…体内に入ってきた精子を殺してしまう抗体がないかを調べる
・子宮筋腫の有無を超音波で確認
・感染症のスクリーニング検査
《男性が初診で行う検査》
・感染症のスクリーニング検査
※精液検査の予約
《女性が月経中に行う検査》
・ホルモン検査…妊娠成立にかかわる卵胞ホルモン、FSH、LHなどを確認。採血でわかる
・甲状腺検査…甲状腺にトラブルがあると流産しやすいため。採血でわかる
《女性が排卵前に行う検査》
・卵管疎通検査…卵管が詰まると精子卵子が会えないため、詰まりがないかを確認
《排卵期の検査》
・フーナーテスト…夫婦でタイミングをとり、病院へ。子宮腔内の分泌物を取り、精子がいるかどうかを確認
このフーナーテストの結果、精子が子宮腔内で確認できれば、タイミング指導から始めます。
一方で精子が見当たらない場合は、タイミング指導をしても妊娠できる確率が低いため、人工授精へのトライを患者さんにおすすめします。
うまくいかないのにその治療を漫然と続けてしまうと、保険診療を打ち切られる可能性もないとは言い切れません。
そうならないよう、なるべく早く結果の出る治療をしていくことが、医師として必要だと感じています。
Q:「保険適用内の治療だと、なかなか妊娠できないのでは」と、不安を感じている方もいるようです。
不妊治療に保険適用されたことは、とても良かったと思います。
まずは、患者さんにとっての治療費の負担が軽減されました。概ね自費だったときの1/4程度になっていると思います。自治体によっては助成金が支給されるところもあります。条件や助成金額は自治体によって異なるので、お住いの自治体で確認してみるといいでしょう。
また、保険適用の治療には「高額療養費制度」も利用できます。高額療養費制度とは、所得や年齢に応じて診療代や薬代など1カ月で支払う上限額が決められていますが、その上限額を超えた場合、超えた額を保険組合が負担するというものです。
薬もきちっと効果が出るものが保険適用となっています。
通常は保険適用と保険適用外の治療は、一緒に行うことはできません(混合診療禁止条項:物理的に治療できないわけではなく、保険適用外の治療をいれると保険適用の治療もすべて自費になります)。
ただ、保険適用の治療だけでは妊娠しづらいという方もなかにはいらっしゃいます。保険適用外の治療に関しましても、「先進医療」と認定されたものであれば、限定的ではありますが一部の検査・治療において、保険適用の治療と一緒に行っても良いとされています(但し、先進医療の費用は自己負担となります)。
こういったことを踏まえると、保険適用の範囲でも、かなりレベルの高い治療を受けることができます。これから不妊治療を始めようと考えている方には、まず保険適用内の不妊治療から始めてもらえるといいでしょう。多くの方が保険の治療の範囲内で妊娠できるのではないかと考えています。
多くの方が不妊治療の保険診療を活用して妊娠していただければ、世の中の評価も「不妊治療を保険適用にしてよかった」となり、よりいっそう保険適用される治療の幅が広がっていく可能性があります。
Q:人工授精にトライ予定の患者さんの中で、一番多い質問が「何回挑戦したらステップアップを考えた方がいいか」というものです。先生のお考えをお教えください。
保険診療における人工授精の場合、回数に上限がないため、迷われる方が多いと思います。
ステップアップの目安でいうと、年齢などによっても違いはありますが、20代~30代前半の方であれば、タイミング法は6回、人工授精は4~5回トライして妊娠しない場合は、ステップアップを検討した方がいいと思います。妊娠できる期間には限りがありますので、ご自身の時間をできるだけ無駄にしないために、上記を目安にステップアップを検討した方がいいでしょう。
Q:人工授精ではなく、体外受精や顕微授精から始めた方がいい方というのはいらっしゃいますか。
まずは精子が極端に少ない、元気がないという方は、人工授精ではなく、その先の治療から始めた方がいいでしょう。精液量×精子濃度×運動率×正常形態率で算出し、正常な精子が100万匹以下の場合は、顕微授精になるケースが多いです。精液検査を受け、その結果をふまえて主治医に妊娠の可能性が高い治療法はどこからかを相談してみてください。
それと年齢もあります。女性が42歳で初診の場合は、卵子の老化を原因とする受精障害などの問題もあるので、体外受精をすすめることがあります。
また「40歳で大きな筋腫があり、妊娠の妨げになる可能性がある」という場合も初回から体外受精をすすめることがあります。
こういったケースだと妊娠前に筋腫の手術をします。ただ、手術をすると半年間は避妊しないといけないので、避妊期間に採卵して体外で受精させておき、避妊期間が終わったらすぐに移植するという方法をとることで、避妊の半年を無駄にせずに済みます。
Q:医療機関の受診を検討している間に自分でできる体づくりや妊娠に向けた生活の仕方などがありましたらお教えください。
基本的なことですが、睡眠をしっかりとることが大切です。
また痩せすぎでも太りすぎでも妊娠しづらいといわれているので、適度な運動も必要です。BMI20~25ぐらいを保つように心がけましょう。
さらに栄養バランスのととのった食事をとることも重要です。そうはいっても働きながら妊活をされている方が多いと思うので、毎食「理想的な栄養の食事」をとることは難しいですよね。
そういった場合は、サプリメントを活用してみてください。特に妊娠初期に不足すると赤ちゃんの神経管閉鎖障害のリスクが高くなる葉酸、着床トラブルの改善につながるビタミンD、PQQやコエンザイムQ10など卵子の老化を遅らせる抗酸化作用のある栄養素は、サプリメントを毎日の食事と並行して適切に取り入れると良いでしょう。
どのサプリメントがいいかわからない場合は、主治医の先生にぜひ相談を。その方の傾向にあわせて必要なサプリを選んでくれます。
Q:これから治療を始める方へのエールをお願いします。
不妊治療をする際に最初にさまざまな検査を受けるとお話しましたが、
検査は万能でありません。そして原因が見つからないことも多々あります。
その逆の方もいらっしゃいます。
初回の検査で不妊原因が見つかり、ひどく落ち込む方がいらっしゃいます。でも落胆することはありません。むしろ原因が早期にはっきりすることで、どんな治療をすれば妊娠する可能性が高くなるかがはっきりするということです。なので、原因がわかったらショックを受けるのではなく、「治療の方法が見えてきた!」と考えるようにしてください。
あとわかないことなどは、かかりつけ医に相談するようにしてください。たまに自分と同じく不妊治療している方の個人ブログの情報と自身の治療を比較して一喜一憂されている方もいらっしゃいますが、どこまでリアルかわからない部分もあるので、鵜呑みにするのは避けた方がいいです。
保険適用になって受けやすくなった不妊治療。上手に活用して、ご自身の望みである「妊娠」「出産」をぜひかなえてくださいね。