セントマザー★田中温先生の不妊治療講座 第3 回テーマ 高度生殖医療
これから不妊治療を始める方や、治療を開始したばかりの方に、不妊治療の流れや基礎知識をわかりやすく紹介する「田中先生の不妊治療講座」。
連載第3回は、高度生殖医療(ART)について、詳しく教えていただきます。
ART助成金の対象は 夫婦で年収730万円未満
人工授精やタイミング法は一般不妊治療 にあたり、高度生殖医療(Assiste d Reproductive Tech nology)とは、体外受精、顕微授精 と胚移植を指します。
高度生殖医療の助成金は、国と地方自治 体とが半分ずつ負担しており、日本産科婦 人科学会が認定した施設で治療した場合の み受けることができます。
条件は夫婦の年 収を合算して730万円未満。
これで治療 を受けたい夫婦の8割5分をカバーできているという想定の金額です。
国としても少 産少子に危機感を抱いている表れとして以 前より 80 万円アップしていますが、特に都 会では共働きの夫婦のほとんどが限度額を 上回ります。
生殖年齢の方が多い都市部 が、条件により最も助成金を受けにくいと いう現実は早急に見直していただきたいで すね。
今年 1 月より、男性不妊に対しても助成 金を出すという自治体が増えてきました。
対象は男性不妊治療(TESEやMESA 等)を実施した場合で、上限 15 万円の助成 金を受け取ることができます。
助成金が申 請できる認定施設名は各都道府県のホーム ページから確認してください。
日本における体外受精と 顕微授精の歴史を紐解く
一カ所の施設で初診から継続して治療す る場合と、治療を試すだけ試して結果が出ず に別の専門施設に転院するという2つの流 れがありますが、一般的には、まずタイミ ング法から人工授精、そして体外受精もし くは顕微授精の高度生殖医療へとステップ アップします。
体外受精も顕微授精も、排 卵誘発で卵巣を刺激して卵子を採取し、体 外で精子と混ぜ合わせて受精させ、3〜5 日かけて受精卵を培養したのちに子宮内に 戻す、という点では同じですが、顕微授精ではピペットで吸い上げた精子1匹を顕微 鏡下で卵子に注入します。
では、どのような場合に体外受精もしく は顕微授精が適応となるのかを詳しく説明 しましょう。
日本での体外受精は、そもそ も女性の両側卵管閉塞、癒着などによる両側卵管機能不全のために登場した治療法で す。
タイミング法や人工授精では妊娠でき ない、100%自然妊娠が不可能な「絶対 不妊」の場合です。
一方の顕微授精は、重 度の男性不妊で、精子の数が極端に少ない 乏精子症、まったく動かないなどの精子無 力症、精子不動症のための治療法。
体外受 精をするためには、精子の数と運動性にあ る一定以上のレベルがなければ卵子がこれ を拒否しますから、卵子に直接注入して受 け入れさせるという方法が登場したという わけです。
ステップアップとしての 高度生殖医療の選択
体外受精の申請がかなり厳しかった昔に 比べ、現在では人工授精からのステップアッ プという認識になっています。
特に、女性 が 40 歳以上で、自然妊娠、人工授精妊娠の 確率が非常に低いと思われた場合は、卵管 が通っていて精子に問題はなくても体外受精に進み、体外受精をして1回でもできな ければ顕微授精に進むという流れもありま す。
というのも、精子も卵子も良好で、卵 管のみ原因がある場合に体外受精を選択し ますが、この時に受精率がゼロの場合があ るのです。
体外受精では、それぞれが良く ても、一緒にすると受精しないというケー スがあり、理由はまだ判明していません。
そのため、精子も卵子も良いけれど、顕微 授精を選択するということはあり得ますし、 複数回、反復して体外受精に失敗した場合 も顕微授精の適応となります。
受精するためには、精子が卵子と出会うた めの過程でいろいろな障害物を越え、選ばれ た精子だけが卵子を囲む殻を破ってようやく 内側に到達します。
しかし、その過程をバイパスして精子1匹だけを選んで卵子に直接入 れてあげるという、それまでの受精という概 念を覆したのが、顕微授精です。
しかし、顕微授精でなぜ子どもができる のかという研究はほとんどなされていませ ん。
なぜなら、先に結果が出てしまったから。
本来、精子の頭部先端には先体という小 器官があり、卵子と融合して受精する際に 外れます。
しかし、顕微授精は先体も含め た精子全部を卵子に注入しているのに受精 し、妊娠出産という結果が出たため、一人 でも多くの子どもを誕生させることが優先 されたという背景があり、研究が進まなかっ たのです。
1992年にベルギーで世界初の顕微授 精による妊娠・出産に成功してから四半世 紀が経った今、顕微授精で生まれた子ども に特定の疾患が一定数見られるという報告 も出されています。
そのうえで、我々に求 められることは、治療を受ける夫婦ではな く生まれてくる子どもに向き合うというこ と。
その受精卵が遺伝子的に本当に正しい のか、また、何をもって正しいとするのか、 その答えを要求される時代はすぐそこに来 ていると言えるでしょう。
女性だけに備わった 能力を尊重してほしい
憲法が定める基本的人権のもとでは男女 平等で、投票権も仕事上でも同じ立場にあ ります。
むしろ女性にしかない優れた能力 を要求される職場もあるでしょう。
しかし、女性には子どもを産むという、男性にはない女性だけの能力があります。
そ のことを尊重し、認識しなければなりませ ん。母性本能として子どもを産みたいとい う想いは当然ある。
しかし、仕事の能力に 優れた女性はキャリアを積みたい。
そして、 年齢が上がると卵子の質が落ち、妊娠率が 下がってしまうという現実。人類は進化の 過程のなかで、高齢女性の体を妊娠、出産 における危険から守るために「閉経」とい う現象を得ました。
誕生した時に数十万個 あった卵子が、閉経でゼロになるよう一生 懸命に数を減らし、妊娠しなくなる努力を する。
高齢で不妊治療をしている人が卵子 の数や質に悩まされているのは、ある意味 では正常なのです。
今は年齢が若いうちに卵子を採取して凍結 させる未受精卵凍結という技術があります。
年齢が不妊に起因することがわかっているの ですから、その選択は決して間違いではあり ません。
しかし同時に、高齢で妊娠、出産す るリスクの高さを忘れてはいけません。
妊産 婦死亡率が 40 歳を過ぎると高くなることか ら、日本生殖医学会では凍結は 40 歳未満、使 用年齢は 45 歳以下というガイドラインを定め ています。
希望する方はそれを十分に納得し たうえで選択してください。
卵巣の老化は、高度生殖医療に従事してい る我々を悩ませている最大の要因ではありま すが、1個でも質の良い卵子を採ることがで きれば、妊娠出産の可能性を見込めます。
戸 籍上の年齢ではなく、卵巣年齢を早く知るこ とは不可欠であると同時に、高度生殖医療を 希望する患者さんで、癒着などによる手術経 験のある人や子宮内膜症、月経不順の人は特 に、早め早めの対処が必要だという意識を もっていただきたいですね。