娘をお姉ちゃんにしてあげたい。
娘のひと言で始まった 40 歳からの不妊治療。
これが最後と決めた挑戦は、 “卵子提供”という選択肢でした。
無事に着床した喜びもつかの間、 待っていたのは苦しい妊娠高血圧症。
家族の強く温かな絆が、 最後まで頑張るチカラをくれました。
国の責任下で行われる 台湾での卵子提供を選択
卵子提供を希望して、海外へ 渡航するカップルが増えてい ます。
現段階の日本では、病気 など医学的な理由で妊娠できな い女性にかぎるなど、条件がと ても厳しいというのが、その理 由です。
「セントマザー産婦人 科医院」で不妊治療を受けてい た順子さん( 44 歳)もその一 人。
年齢に起因する不妊に悩 み、自身の卵子を使うことを諦 めて、台湾での卵子提供を決断。
2014年3月、ご主人の暁彦 さん( 36 歳)と長女の楓ちゃん(4歳)とともに、家族3人で 台湾へ渡りました。
決め手は、 台湾には「人工生殖法」という 法律があり、国の責任のもと で生殖補助医療を管理・運営し ているため、諸外国に比べても 安全性が群を抜いて高いという こと。
順子さんは自分で病院に コンタクトを取り、医師とのコ ミュニケーションは日本語が話 せるスタッフを介してスムーズ に行うことができたそうです。
台湾国営の卵子提供の条件は、 台湾の公的機関で夫婦関係を証 明してもらうこと。
この証明を 受けられないことには先にすす めません。
ドナーは非公開で、名前は仮名。年齢と学歴、血液 型、国籍の情報を頼りに選択し ます。
「そんなにこだわりはな かったけど、パッと見た感じが あまりにも日本人離れしている のは抵抗があり、髪と肌の色だ けは選ばせてもらいました」
順子さんが選んだドナーは十数 名の候補のなかから2名。
20 歳 の社会人と 21 歳の学生で、最終 的に 21 歳のドナーに絞りまし た。
国の法律に準じて、公的機 関で夫婦の証明を受け、病院で 基本的な検査と採精を終えて帰 国。
2 カ月後、ドナーの卵子2 個と暁彦さんの精子を受精させ る段階まですすんだとの報告を受け、順子さんは6月に単身台 湾へ。
2つの受精卵を子宮に移 植して、その翌日に帰国しまし た。
3週間後、妊娠判定のため セントマザー産婦人科医院へ。
事前に妊娠検査薬で陽性を確認 していたため、何となくは大丈 夫かなと思いつつも、「やっぱ り不安でした」と順子さん。
結 果は、受精卵が2つとも無事に 着床してくれていたことがわか り、「一気に2人も家族が増える んだ!」と、驚くとともに、こ れまでに味わったことのない感 動も湧き出てきました。
子どもを産むのは命がけ だからこそ、母になる
とは言え、喜んでばかりもい られません。 40 歳を超えた妊娠 は、順子さんの体にさまざまな 不調をもたらします。
妊娠5週 に切迫流産の疑いで 10 日間の入 院。
楓ちゃんの時にはなかった つわりはひどく、動けないほど の気持ち悪さと、食べても水を 飲んでも吐いてしまう日々。
36 週には妊娠高血圧症を発症しま す。
尿たんぱくが激増し、立っ ても座っても苦しいむくみ。大 変な思いをしながら、2月初旬 に挑んだ帝王切開での出産は、 出血が多くて輸血もしました。
「母親は常に命がけ。だからこ そ、この子たちは自分の本当の 子どもです。
そこに、卵子がど うとか、遺伝子がどうとか、そんな議論は一切立ち入ることは できません。
精子提供は男性側に違和感 が残る場合が多いと聞きます が、女性は提供してもらった 卵子であっても自分のお腹の 中で育てるんです。
その間に 母になり、親子関係はしっか りと結ばれます」 37 週と2日 で生まれた双子の男の子。
心 輝(ひかる)くんは2900g 、心希(のぞむ)くんは 2200 g 。
予定より大きく 生まれ、元気に家族の仲間入 りをしました。
暁彦さんはこう語ります。
「体外受精が最後だと言ってい たはずなのに、台湾? 卵子 提供? と、どうしてそんな 言葉が出てくるのか、最初は 理解できませんでした。
でも、 決めたからにはそこに向かっ てすすむしかない。
一気に2 人も増えたのは、健康な精子 と健康な卵子が2個あるんだ から当たり前だって、大らか な感じでとらえています。
彼 女は、産んだ親であり、育て の親です。
これだけ大変な思 いをして産んだのをずっとそ ばで見ていました。
親子の形 はひとつではないし、何の心 配も問題もありません。
卵子 提供について、楓やこの子た ちが知りたいと言えば教えて あげるし、知ったところで、 だから何?と言ってくれる と思います。
そのつもりで育てていくのですから」
未来のお母さんのために、 自分の体験を伝えたい
国内では、何年も前から卵子 提供についての議論はされてき ました。
卵子提供によって生ま れてくる子どもの福祉や権利、 将来の親子関係に支障はない か、提供者のプライバシーの保 護など、倫理的に解決しなけれ ばならない問題に慎重にならざ るをえないため、なかなか議論 がすすまないのが現状のようで す。
不妊治療を受ける前は、結 婚していれば、 40 歳半ばでも普 通に妊娠し出産できると思って いた順子さん。
しかし、治療を 開始して初めて「卵子の老化」 を知り、 20 代、 30 代でも老化と 向き合わなければならない現実 を知ります。
「もっと若いうち に、むしろ子どもの頃から教え てもらえていたら、と思います。
取材を受けることに最初は 抵抗もあったけど、卵子が老 化する事実とその影響を、男 女を問わず広く知ってもらう ことが大切だと思ったんです。
たくさんの人に子どもを産ん でほしいし、微力でも不妊で 悩んでいる人の助けになるの なら。
そして何より、私たち 夫婦は子どもたちに対して何 も恥ずかしいことはしていな いという自信が後押しして、 伝えることを選びました」