精子濃度30万個/mL、運動率0。このような状態でも妊娠は可能ですか?【医師監修】

精液検査の結果が不良の場合、どのような検査を経て、 治療法を選択していくのでしょうか。木場公園クリニックの 吉田先生に詳しいお話を伺いました。

【医師監修】吉田 淳 先生  愛媛大学医学部卒業。産婦人科・泌尿器科医。生殖医 療指導医・臨床遺伝専門医。東京警察病院産婦人科、 池下レディースチャイルドクリニック、東邦大学第一泌 尿器科非常勤講師などを経て、1999年木場公園クリニ ックを開院。不妊症治療の情報収集のため、アメリカ や日本国内の不妊症専門施設の見学・研修を数多く積 んでいる。技術も重要だが、最も大切にしているのは対 人間ということを忘れない手作りの医療。今後は、そん な理念を持つ不妊治療医が全国に増えるよう、後進の 育成にも励みたいとのこと。

ドクターアドバイス

精子が動いていない場合でも 精巣生検でいい精子を回収できます

たまみさん(会社員・34歳)からの投稿 Q.先日、やっと主人に精液検査をしてもらえました。 精子濃度30万個/mL、運動率 0、奇形率 33%との診断を受けました。 ヒューナーテストの結果、精子ゼロとの診断を受けていたので 覚悟はしていたのですが……。主人は落胆し、 「これでは妊娠は無理だから、病院には行きたくない」と言っています。 このような状態でも妊娠された方はいらっしゃいますか? つらくて、どうしていいかわかりません。

精子無力症のケース

精子濃度 30 万個/ mL 、運動率0%ということですが、これはどのような状態だと診断できますか?
吉田先生 精子の数が少なく、運動率も0ということ。
この状態は一般的には重度の精子無力症と診断されます。
精子無力症、つまり精子が動いていない場合は、2つのことを考えなくてはいけないと思います。
1つは、生きていて動いていないのか。
もう1つは、死んでいて動いていないのか、ということです。
前者は「精子不動症」、後者は「精子死滅症」といわれていますが、治療をしていくうえで、そのどちらなのかを見極めなくてはいけません。
ただし、1回の精液検査では確定できないので、もう一度精液検査を受けてみることをおすすめします。
その際は、特殊な液体で精子を染めてみる検査をすすめます。
生きている精子は染まらず、逆に死んでいる精子は染まりますから、より詳しく精子の状態を調べることができると思います。

結果ごとの治療方法

病態が判明した後は、それぞれどのような治療を選択していくのでしょうか。
吉田先生 生きているけれど動いていない場合は、精液中の生きている精子を使って顕微授精をすることになると思います。
精子不動症の場合は、精子の構造に異常がある場合があります。
胚の染色体異常や奇形児が生まれる確率が少し高くなる可能性もあるので、十分な遺伝カウンセリングや説明を受けたうえでトライすることが望ましいですね。
一方、精子死滅症の場合は、3回程度精液を採っていただきます。
何度か採取すると、その中に動いている精子が見つかることもあるからです。
見つかった場合はその精子を使って顕微授精を行います。
見つからなかった場合は、睾丸 を切開して精巣内の精子を回収します。
睾丸の精子は約半分は生きていますから、それを使って顕微授精を行うことになります。

卵子の数の精子で、顕微授精

いろいろな方法があるのですね。たまみさんのご夫妻でも十分妊娠の可能性はあるということでしょうか。
吉田先生 自然妊娠は難しいかもしれませんが、顕微授精という方法があります。
極端なことを言えば、顕微授精では採れた卵子の数だけいい精子があればいいのです。
卵子が 10個なら、いい精子が 10 個あれば行えます。
もちろん精子の数は多いほうが望ましいですが、 30 万個/ mL ならある程度いい精子が採れると思います。
妊娠の可能性は十分ありますから、諦めないでいただきたいですね。

無精子症の場合

たまみさんのご主人の場合、数は少ないけれど、精液中に精子を確認することができましたが、まったく精子が見つからないという場合もあるのですか。
吉田先生 はい。一度ではなく、2回、3回、遠心分離をかけて調べてもまったく精子が確認できない場合を無精子症といいます。
無精子症ということがわかれば、その後、睾丸の診察、採血によるホルモンや遺伝子、染色体の検査などを実施。
無精子症には2つのタイプがあり、精子の通り道が障害されている「閉塞性無精子症」(全体の約2割)、精巣(睾丸)そのものにダメージがある「非閉塞性無精子症」(約8割)に分類されます。
これらの検査でどちらのタイプなのかを判断し、次に★精巣生検を行っていきます。
精巣生検も検査なのですか?
吉田先生 検査でもあり、精巣内精子回収法という精子を採る治療でもあります。
閉塞性無精子症の場合は、睾丸の皮膚を小さく切って精巣の組織を採る、シンプルな精巣内精子回収法を行います(TESE)。
手術の時間は 10 分程度。
閉塞性の場合は、これだけで多量の精子が採れると思います。
非閉塞性無精子症の場合は、この方法ではなかなか精子を見つけることができないので、顕微鏡下で回収を行います(MD︱TESE)。
精子は精細管という細い管の中でつくられているのですが、一般的に透明で細い精細管には精子はなく、白くて太い精細管にいると考えられてます。
陰嚢から睾丸を出し、顕微鏡でこの精細管を1本1本確認しながら丹念に太い精細管を探していきます。

MD-TESEで精子を探す

精巣生検は状態を調べる検査という意味もあるけれど、そこでいい子が見つかれば回収して顕微授精に活用する、という治療の目的もある施術なんですね。
吉田先生 そうです。MDーTESEの場合は、1つの睾丸でだいたい1時間程度かかります。
悪いものを取って縫合するという施術ではなく、あるかどうかわからないものを探しにいくという手術なので、労力も精神力も要します。
非閉塞性無精子症と確定の診断がついた方の場合、MDーTESEで明らかな精子が見つかる場合は 25 %くらいでしょうか。
細かな作業なだけに、その施設の技術や経験が問われる施術といえますね。
吉田先生 MDーTESEの技術だけではありません。
睾丸の精子を使った顕微授精というのは、その施設の総合力を問われるものです。
患者さんの最終ゴールは元気なお子さんを連れて帰ることです。
精子を見つけただけで満足するのではなく、精子の状態や数に合わせて、卵子をどのくらい採ったらいいのかなど、排卵誘発にも工夫が必要です。
そのあたりのバランス感が大切だと思いますね。

おしえて!

★男性不妊の一般検査

視診・触診: 目で腹部・陰嚢部を見た後、触 診で腫れや痛みなどの有無を 調べる。
精液検査: 精液量、精子濃度、精子運動率、 精子直進性運動率、正常形態精 子率、白血球数、精子の凝集の 有無を調べる。
ホルモン検査: FSHLH、プロラクチン、 テストステロンを検査する。
染色体検査 :性染色体異常、常染色体異常を 調べる。
陰嚢部超音波検査: 精巣静脈瘤の有無を調べる。

★精巣生検の方法

最初に精管の周りに走っている神経をブロックするように麻酔し、次に実際に切る陰嚢の皮膚の上に麻酔を施す。
陰嚢にメスで約 0.5 ㎝の切開を加えて精巣の実質を出し、ピンセットで精巣組織をわずかに採取する。
採取した精巣組織は精子培養液と固定液の中に分けて入れる。
固定液の中に入れた結果はすぐに出ないが、精子培養液の中に入れた組織はすぐに細かく切り、顕微鏡で精子が存在するかを確認する。
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