人工授精、体外受精を行う際、お医者さんや看護師さんとともに重要な役割を担うのが胚培養士さんです。ただ、お医者さんと比べて実際に患者さんと接する機会が少ないため、具体的にどんな仕事をしているのかわからない方もいるのではないでしょうか。そこで矢内原ウィメンズクリニックで培養室長を務める胚培養士の畠山将太さんと、胚培養士の小泉香穂梨さんに日々の仕事内容や心がけていることなどを伺ってみました。

 

胚培養士の主なお仕事をおしえてください。

畠山さん●胚培養士は、コンパクトにいうと患者さまからお預かりした卵子や精子を受精させる、受精後の成長を確認、移植に向けた準備などを行っています。これだけですとちょっとざっくりしているので、1日の流れにそってもう少し詳しく紹介します。

2年ほど前までは、朝、クリニックに到着してすぐ、前日に採取した卵子の受精状態を確認。その後3~6日前に受精させた受精卵の成長確認を、実際の受精卵を見て行っていました。でも今は、受精卵にとって最良の環境に保たれた培養器に入れたまま、成長の様子を外から確認できるタイムラプスという機器を導入。朝一番ではなく、それぞれの胚に適したタイミングで培養器の外から成長の様子を確認できるようになりました。

午前中~昼前ぐらいまでは、医師が採卵した卵胞液に卵がいくつ入っているかを確認する作業(検卵)や、午後に移植を行う患者さまの凍結受精卵を融解(とかす)作業、受精卵で順調に成長してきたものを凍結する作業を行っています。それと同時に採精した精子を遠心分離器にかけて、より受精しやすいよう良好な精子を回収することも行っています。その調整済みの精子で人工授精や、体外受精をします。

昼ぐらいに顕微授精を行い、午後は受精卵の移植を医師とともに行います。また、昨年から当院で始まったPGT-A(着床前診断)の検査のために、胚盤胞の細胞の一部を採取し、検査センターへ送付する仕事も行っています。

クリニックによって多少の仕事量や行う順番は異なりますが、胚培養士はこのような仕事をします。

一般的にはあまり知られていない職業ですが、どのようなきっかけで胚培養士になられたのでしょうか。

小泉さん●私はもともと動物にかかわる勉強がしたいと考え、生物の起源や活用法、生命の仕組みなどを学べる大学の生物資源科学部に入学しました。卒業研究では、以前から興味を持っていた生殖学(豚の人工授精や体外受精について)を選びました。そのため就職は、卒業研究で選んだ「生殖学」に携われること、大学で学んだ知識を活かせること、この2つの条件を満たす仕事に就きたいと考えていたのです。そしてその条件をクリアする仕事として、胚培養士にたどりついたので、この仕事を選びました。

精子や胚の状態を観察している時、どのようなことをチェックしていますか。

小泉さん●精子は、濃度と運動率をよく見るようにしています。特に人工授精を行う場合は、調整後に運動精子が回収できているか、所見が良くなかった場合は、どこが悪かったのか改善点を探すようにしています。また顕微授精の場合は直進していて形のよい精子を選ぶように心がけています。

卵子は透明帯の厚さや細胞の色、質感をよく見るようにしています。一概には言えませんが、外見に他の卵子と異なる部分がある場合、顕微授精をする際に変性しやすいことが多いため、より慎重に実施しています。

胚は、細胞が均一に詰まった状態のものが、良い胚盤胞とされているので、そのあたりをきちんと確認するようにしています。また、成長スピードもあわせてチェックしています。

患者さまと接する時はどんな時ですか。また患者さまと接する際に心がけていることはありますか。

畠山さん●患者さまとは、受精卵の培養結果をお伝えする時や、培養についての質問をいただき、回答する際にお会いできる機会があります。その際、患者さまが理解されているかを確認しながら話すように心がけています。表情や反応を細かく確認しながら話し、ケースによっては、より詳しい話をさせていただくこともあります。

今はコロナ禍なので、対面ではなくメールでのやり取りが多くなっていますが、メールの場合、相手の表情や反応が分からない分、より慎重に、わかりやすい言葉で伝えるように気を付けています。

胚培養士としてモットーにされていることはありますか。

畠山さん●患者さまからお預かりした卵子、精子は「生きている」ものだということを忘れずに取り扱っています。その先にはご夫婦のさまざまな思いや希望があることを常に意識するようにして仕事に励むようにしています。

他の職種のスタッフとの連携で大切にされていることはどんなことでしょうか。

畠山さん●とても基本的なことですが、患者さん、受精卵の取り違いを起こさないよう報告、連絡、相談は、こまめにしっかり行うよう遵守しています。また、他の部署への思いやりも忘れないようにしています。例えば「これはうちの部署の管轄ではないから…」と、他部署に任せきりにしてしまうと、いずれ患者さまに迷惑をかけてしまうことになりかねません。他の部署ではどんな業務を行っているのかを把握し、大変な時はそれぞれの部署が補いあって、連携して遂行できるようにしています。

患者さまへのメッセージをお願いします

畠山さん●不妊治療中の方、まだ治療をしていない方をふくめ、「なかなか妊娠できない…」と悩んでいる方もいらっしゃると思います。そんな時は、1人やご夫婦だけで抱え込まず、私たちをはじめ医療機関のスタッフにどんなことでもいいので相談してみてください。きっと何か新しい糸口や道が見えてくると思います。

 

小泉さん●今はコロナ禍なので、私たち胚培養士と患者さまが実際にお会いする機会が少なくなっています。そのため「私たちの受精卵を培養している胚培養士ってどんな人たち?」と、不安に思っている方もいらっしゃると思います。でも安心してください。私たち胚培養士は、卵子、精子、受精卵、胚盤胞などを「命につながるもの」といつも考え、ていねいに、そして心をこめて扱うことを大切にしています。

今は当クリニックのホームページやブログで胚培養士の仕事について発信しているので、そちらもあわせてみていただけると嬉しいです。

お話を伺った胚培養士さん

畠山将太さん(矢内原ウィメンズクリニック 培養室長・胚培養士)

小泉香穂梨さん(矢内原ウィメンズクリニック 胚培養士)

 

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