世界の精子数が減少しているといわれるなか、ふたたび注目を集めている のが精子機能の研究です。
獨協医科大学埼玉医療センター泌尿器科医岡 田弘先生と、HORACグランフロント大阪クリニック森本義晴先生に、 精子力を上げる取り組みについてお話しいただきました。
世界の精子数が 減少している
今、世界の精子数はどうなっているのでしょうか?
岡田先生 正確な精子数を把握することは難しいのですが、世界 50 カ国の精子データを集計したメタアナリシス(調査期 間:1970 〜 2010 年)によると、この 40 年間で精子 濃度は 52 %、総精子数は 59 %減少しています。原因は一時期、 環境ホルモンの影響とも言われましたが、本当のことはわかっていません。
森本先生 環境的な要因をはじめ、社会がますます複雑になり、人々のストレスは増える一方です。いろんな要因が絡み合い、精子数が減少しているのではないでしょうか。
それぞれの医療現場での印象はいかがですか?
岡田先生 国内には男性不妊の人が約 80 万人いるとされ、当 センターの診察数は年間 1000 〜 2000 人で推移しています。もともと男性不妊の患者さんを対象にしていますので、大きな変化は感じにくいですね。
WHO(世界保健機関)の検証では、不妊原因の約半数は男性側にあり、お子さんがいないカップルの割合は5組に1組となっています。ただ、このデータからは、お子さんを望んでいたのか、いなかったのか、といった詳しい背景まではわかりません。
森本先生 不妊治療に 30 年以上携わっていますが、これまで男性側に要因がある症例は 30 %程度でした。しかし、最近はその割合が 50 〜 60 %と高くなっています。私の印象では、男性不妊は間違いなく増えていると思いますね。
35 歳を分岐点に 精子は老化していく
近年、精子についてわかってきたことはありますか?
岡田先生 精子が卵子を活性化する能力を調べた結果、後で詳しくお話ししますが、ある特定の人が 35 歳を超えると、その能力が低下することがわかっています。
森本先生 卵子の中に入った精子は、その後、卵子が精子を受け入れるための活性化のトリガーになっていて、その役割は大きいですよね。
岡田先生 極端な話をすると、男性は精子力が「高いグループ」と「低いグループ」に分けられます。高齢になってもお子さんを授かれるのは前者の人。一方、後者の人は妊娠の可能性そのものが極めて低い人です。しかし、精子力が低いグループのなかでも、早期であれば妊娠の可能性があります。その分岐点が 35 歳という 年齢です。精子は毎日つくられるので、加齢の影響を受けにくいというのが定説でしたが、過去に妊娠歴のない、精子力の低いグループの人に関しては、加齢が少なからず影響することが明らかになってきました。
森本先生 体外受精の妊娠率は 50 〜 60 %程度で、近年はそれ以上の成果が出ていません。それは男性側の要因が関わっているからで、岡田先生の最新研究では、男性も早めの妊活が必要だとわかりました。産婦人科医も精子への認識を改め、泌尿器科医と連携して妊娠率を押し上げていくことが大切です。
岡田先生 男性は早めの精液検査をおすすめします。まずは自分の精子の状態に関心をもつことが大事で、できれば結婚前の男性にも検査していただきたい。さらに、奥様からもご主人に「検査してみたら?」と躊躇せず言える時代が来るといいですね。
森本先生 たとえば、進行性の無精子症は、最初の精子所見が正常でも1年後に精子数がゼロになることがあります。これを早期発見できれば、精子をストックすることもできますよね。
岡田先生 また、精巣がんの確率は 10 万人に1人ですが、不 妊症の患者さんでは 1000 人に1人の確率で見つかっています。ただ、精巣は体の外側にあるので、初期のがんならエコーですぐに発見できます。
森本先生 そういう意味でも受診の機会が増えるのはいいことですね。
採取した精子の運搬に有効な 「トランスポーターS」とは
精子の質はどのように判断しますか?
岡田先生 通常の精液検査のほかに、精子遺伝子の損傷率を調べる「DNA断片化指数検査」、精子の活性酸素と抗酸化物質のバランスを調べる「精液中酸化還元電位測定」など高度な精液検査を行います。これらの検査方法を組み合わせて「、精子力が低いグループ」のなかでさらに段層化し、それぞれに有効な治療を行えば、より効率的な治療成績の改善につながると思います。
たとえば、DNA検 査で精子の損傷率が22 %以上では自然妊娠の可能性が低くなり、 50 %以上では 人工授精の妊娠率も低下します。なかでも不妊原因の一つである精索静脈瘤の人の中には、損傷率が 80 %と極端に高 いことも。こういう人は早くに顕微授精などにステップアップしたほうがいいでしょう。
森本先生 当院も注目しているのが活性酸素(酸化ストレス)の影響です。体内と精子の活性酸素をそれぞれ測定すると、精子の活性酸素の値が高い人は、体内の値も高い傾向があります。このような人にはサプリメント療法や、ウォーキング、水泳、ヨガなどの有酸素運動が有効です。
また、産婦人科医にとっては、「妊娠(受精)するかしないか」、これも精子の大事な機能評価になります。精子の状態は刻々と変化しますので、治療に用いる場合は射精後3時間以内が限度です。一般的にはこの限度を超えるとDNAが傷つきやすく、受精能力が低下する傾向が。さらに胚の質に影響するというデータもあります。
岡田先生 現在ほとんどの施設で採用している精液採取用の容器は、約 20 年前に精液検査ガイドラインで制定されたものです。精液を採取しやすいように広口にしたのですが、実は精子は酸素や温度変化に弱く、容器の気相(空気層)が大きいことが欠点でした。近年ようやく技術がともない、新しく開発したのが「トランスポーターS」です。容器を二重にして、精液を溜める内側は気相を小さくする一方、精液が溜められている部分の外側に大きな空気の層を作ることで、保温力を高めました。
乏精子症患者さんの射精後 10 ℃の低温で保存した場合の4時 間の運動精子率は、従来品に比べるとマイナス 83 %がマイナス26 %へ改善し、精子の生存率はマイナス 24 %がマイナス 16 %に改善し、生殖医療の成績向上のための古くて新しい次の一手だと思っています。卵子はあれだけ大事にされているのだから、そろそろ精子も大事にしてあげないと(笑)。そのためにも不妊治療は女性だけでなく、ご夫婦で取り組んでいただきたいですね。