もう一度確認しよう。 妊娠のメカニズムと 着床のこと
体外受精 で 胚 移 植 を 行 っ て 妊 娠 し な け れ ば 、着 床 障 害 の 可 能 性 も 。
そ こ で 、妊 娠 成 立 の メ カ ニ ズ ム と 着 床 障 害 の 原 因や治療法などをセントマザー産婦人科医院の田中先生 にお聞きしました。
ドクターアドバイス
・不妊治療の初期段階では、 “原因不明の不妊症”が多いです
・グレードの高い胚盤胞でも、 着床&妊娠率に個人差があります
・不妊の原因になる卵子の染色体異常は 女性の年齢に大きく関係します
着床できない原因を探る 体外受精へのステップアップ
夫婦生活をして腟内に射精された精子は、子宮、卵管へと進んでいく過程でさまざまな形態的、物理的な変化を起こします。
卵管にたどり着くと、尻尾部分にあたる鞭毛がそれまでの直進運動から突如、狂ったようにジグザグに動くハイパー・アクティベーションと呼ばれる運動で前進し、精子頭部の先体が外れて卵子の膜と癒合、卵子内に取り込まれます。
この一連の変化を経て出会う精子と卵子の受精が妊娠成立のメカニズムです。
タイミング法や人工授精で妊娠しない場合は、その原因が卵子なのか、精子なのか、子宮の状態なのかと判断材料が多すぎて決めかねます。
さまざまな検査をするなかで原因がわかれば、その原因に適した治療を組み立てることができますが、実際には初期の検査段階では原因がつかめない、いわゆる原因不明の不妊症が大きな割合を占めています。
そこで、体外受精にステップアップし、正常に受精できるかどうか、また、受精卵の分割がどの段階まで進むのかを調べます。
受精卵の分割を記録する方法として、現在はタイムラプスが推奨されています。
今までは胚を毎日培養液から取り出して観察、撮影していましたが、顕微鏡の光は紫外線の波長に近く、その光のエネルギーによる胚へのダメージが懸念されていました。
その点、タイムラプスなら、温度管理されて光エネルギーによる影響がない、一定の環境に保たれた培養液に入れたままの状態で24 時間録画できます。
胚を一番良い状 態で培養することが可能になりますし、分割のどの段階に原因があるのかも判断しやすくなることから、タイムラプスが主流になる日も近いでしょう。
患者さんが最も落胆するのは、グレードの良い胚盤胞ができて、子宮に戻す際には「素晴らしい胚ですよ」と言われたけれど「着床しなかった」という事実を告げられた時でしょう。
私たち医師や看護師、胚培養士、その患者さんに携わったすべてのスタッフも、患者さんと同じくらい落胆する瞬間です。
体外受精を3回しても着床しなければ着床障害を疑います。
グレードが同じ胚盤胞でも 年齢によって大きな差がある
胚盤胞の質の判定で一般的に用いられる「ガードナー分類」では、赤ちゃんの元になる内細胞塊という部分の細胞の数と均一性、そして胚盤胞の一番外側を取り囲んでいる栄養芽細胞層の状態をチェックします。
その結果をABCでグレーディングするのですが、同じ5AAでも女性の年齢が若ければ妊娠に至る可能性が高く、 40 歳以上で あれば着床率が一気に下がります。
同じように良好に見え、グレーディングのレベルも同じ胚盤胞であってもこのような差が生じるのは、人間の女性なら誰しもが逃れられない卵子の老化、そして閉経という現象があるからです。
着床するための必要条件として、子宮内膜が十分に厚く、子宮内膜症などの疾患がない、もしくは病変部の大きさや場所が着床に影響しない、癒着がないことが挙げられます。
しかし、女性の年齢が上がるほど条件を満たすことが難しくなり、排卵誘発をして卵子の質を劇的に上げることは難しくなります。
この場合は、受精卵をいったん凍結し、子宮の状態をリセットさせて次の周期に戻すという方法を試みるのが一般的です。
また、ヒアルロン酸を豊富に含み、非常に粘度のある培養液のエンブリオ・グルーを使用した胚移植で着床しやすくするという方法や、二段階胚移植法という選択肢もあります。
しかし、その患者さんに合うものを見つけるまでには相当な回数をしなければならなくなり、精神的にも経済的にもつらい長期戦になります。
そこで私がおすすめしたいのは、子宮鏡検査です。
腹腔鏡検査よりも一般的ではありませんが、外来で麻酔せずにできますし、ほかの検査では確認できなかった小さなポリープがたくさん見つかるなど、原因の見極めがスピーディというメリットがあります。
胚移植では出血をさせず正確に短時間に行うなどテクニックも大事ですので、やはり患者さん自身の病院を選ぶ目も大切だといえるでしょう。
妊娠・出産が体に及ぼす影響はとても大きく、高齢になるほど母体と胎児のリスクは大きくなります。
このリスクから解放されるために人間が進化の過程で得たものが閉経であり、そのためには卵巣の機能を消失させなければなりません。
閉経のために卵子の数を減らし、質を落とすわけですから、年齢の高い女性が妊娠・出産しようとする試みは自然の流れに逆行します。
それでも「赤ちゃんが欲しい」。
その願いを実現するために我々もできる限りの方法を試みるわけですが、女性の年齢に起因する卵子の老化が現時点の生殖医療においてとても難しい問題であることは事実です。
海外では着床前スクリーニング(PGS)で卵子の染色体異常を調べることが容易ですが、日本ではまだ基準が厳しくてどなたでも可能というわけではありません。
最近では遺伝子のすべてを短期間で調べることができる次世代シークエンスが主流になりつつありますし、iPS細胞で子どもが“つくれる”時代も倫理的な問題を除けば現実味を帯びているなど、今後 10 年で生殖医療はさらに 大きく進化または変化することが考えられます。