卵巣過剰刺激症候群で できた受精卵はわずか1個。
次はどんな誘発方法がいい?
体外受精に向けた排卵誘発で卵巣過剰刺激症候群(OHSS)に。
今後、どんな排卵誘発法がよいのでしょうか?
宮崎レディースクリニックの宮崎和典先生にお話を伺いました。
宮崎 和典 先生 大阪医科大学医学部卒業。学生時代の新生児医療への興味が きっかけとなり、体外受精や不妊治療の世界を志す。同大学 産科婦人科講師を経て、1992年に不妊症、不育症治療専門ク リニック、宮崎レディースクリニック開業。開業当初より泌 尿器科の専門医による男性不妊外来を開設する。A型・しし座。 先生のお部屋には、建物の構造を活かした手作りの大きなカ ナリアルームが。2羽のつがいが家族を増やし、いまでは10 羽以上に。「毎日のエサやりや掃除が大変」と小鳥を見つめる 優しい眼差しに、温かいお人柄が感じられます。
イチゴさん(34歳)からの相談 Q.4回の人工授精後、体外受精にステップアップしました。採卵のため、 生理開始あたりから点鼻薬をして、採卵2日前まで毎日注射に通いま した。多分ロング法だと思います。採卵前の診察では、たくさんの卵 胞ができており、先生には「たくさん採れそう」といわれていました。 採卵当日、お腹はパンパンで腹水が溜まり、臓器とともに卵巣が上に 上がってしまい、下から見えない状態に。先生方が頑張ってくれまし たが、結果は9個。質も良くありませんでした。その3日後、OHS Sと診断され、即入院。それなのにできた受精卵は1個だけ。この1 個の受精卵がダメだったら? と思うと頭が真っ白になりました。退 院後の診察の結果、腫れは少し小さくなったものの卵巣は下がってい ません。もともと6.5㎝の子宮筋腫があり、妊娠出産後に手術する予 定でしたが、その手術を含め卵巣の癒着をきれいにする手術をして移 植することになりました。この1個の凍結胚移植がダメだった時、次 はどのような誘発方法が考えられるでしょうか?
目次
●これまでの治療データ
検査・ 治療歴
・クロミッドⓇ、注射で誘発してタイミング→結果出ず
・注射で誘発して人工授精→結果出ず
・ホルモン検査→異常なし
・卵管造影→通っているが、やや左が通りにくい状態?
・卵巣過剰刺激症候群(OHSS)→体重7〜8kg増加
不妊の原因と なる病名
・子宮筋腫 ・精子の運動率
現在の 治療方針
・ロング法による誘発→採卵まで ※現在、手術待ちのため休み
・子宮筋腫、卵巣癒着の手術後→移植予定
精子データ
詳細は不明ですがAIHで妊娠可能な数値とのこと 数値、量ともに少なめ(糖尿病あり)
誘発法はAMHの値から
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)を発症 し、受精卵が1個しかできなかったそうで す。この誘発方法について、どのように思 われますか?
宮崎先生 実際に卵が何個できていたのか書 かれていないのでわかりにくいのですが、O HSSになる方は、未熟な卵になっているこ とが多いですね。
たとえば 20 個、 30 個も卵が できている場合です。
誘発方法を決める時に参考にするのはAM Hの値です。
この方のAMHの値は書かれて いませんが、おそらく値が 10 以上と高いので はないでしょうか。
AMHの数値が高いとO HSSを起こしやすくなります。
点鼻薬とゴナピュールなどのHMG注射 を使用されているようです。
もしもAMH の数値が 10 以上であれば、そのような方に点 鼻薬を使用するのはもっとも好ましくありま せん。
点鼻薬だけでも強い作用がありますか ら当院では使用を控えます。
また、ご本人は ロング法だと思うとおっしゃっていますが、 ショート法に近い方法だと推測しますので、 なおさら作用が強すぎたのだと思います。
AMHとPCOS
イチゴさんは多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)とのことですが、これも影響しているの でしょうか?
宮崎先生 この方の生理周期は 30 〜 40 日、ま れに 49 日や 54 日とありますから、PCOSの 可能性は高いでしょう。
PCOSとAMHの 値は比例しています。
体外受精では卵をたく さん採る目的で、ショート法やロング法を使 うのは一般的ですが、PCOSの方は作用の 強いショート法は控えたほうがよいでしょう。
ただ例外として、PCOSの方でも注射の量 が必要な方もいらっしゃいます。
1アンプル では卵巣が反応しないため、2アンプルを毎 日打たないと卵が育たない場合もあります。
イチゴさんはまさにそのお一人である可能性 も考えられます。
しかし、以前にクロミッドⓇを使用してそれ なりに反応しているということは、クロミッ ドⓇまたはフェマーラⓇと少量のHMG注射を 加えるだけで反応がありそうな気がします。
子宮筋腫の処置
これから子宮筋腫と癒着の手術を受けら れるそうです。これについてはいかがでしょ うか。
宮崎先生 子宮筋腫を切除してから移植され るのは良い選択です。
筋腫の大きさが 6.5 〜7 ㎝となれば、先に摘出手術をしたほうがよい と思います。
手術をしたことによって妊娠しやすくなるわけではありませんが、せっかく 妊娠しても、筋腫が原因で流産につながる可 能性もあります。
さらに筋腫がなくなること で、今後、採卵しやすくなることも考えられ ます。
筋腫を摘出した後、半年間は移植でき ないという説もありますが、当院では3カ月 後には移植できると考えています。
AMHとFSHが最も有効な判断要素
移植がうまくいかなかった時のことを心配 されています。次回の排卵誘発方法について アドバイスをお願いいたします。
宮崎先生 最初にお話ししたように、誘発方法を決める時に参考にするのがAMHの値で す。
AMHはFSHや実年齢とも連動してい ますので、もっとも有効な判断要素といえま す。
たとえば注射の量について、AMHが5ng/ml ならやや少量を使用、AMHが3〜2ng/ml なら最初に増量して使用、AMHが1ng/ml なら2アンプル使用するといった目安 になります。
同時に大切なのは患者さまの様 子を見ながら薬の量を調整して処方すること です。
当院では、毎日 10 分の1アンプルの単 位で微調整しています。
この程度の調整は作用に関係ないという説もありますが、なかに は薬に過剰に反応する方もいらっしゃいます。
やはり薬の作用には個人差があると感じます ので、ていねいな処方がよいと考えています。
とくにPCOSの方は薬の量を慎重に調整 して、まずはOHSSを起こさないようにす ることが重要です。
次回は、フェマーラⓇなど の飲み薬を半分にしたり、HMG注射を1日 おきにしたりするなど、従来よりもマイルド な処方にするとよいでしょう。
ちなみに本日、当院での最高値であるAM Hが 21ng/ml という方の採卵を行いました。
A MHが 21 というとかなりの高値です。
その方 にフェマーラⓇとHMG注射を1日おきに行っ たところ、7個採卵することができました。
また当院では 10 年に1度のまれなケースで すが、AMHがそれほど高くない方にそれ相 応の排卵誘発を行い、OHSSを発症したこ とがあります。
しばらく入院した後、ご本人 がすぐに治療を希望されたため、マイルドな 誘発方法に変えてみたところ、あっという間 に妊娠されました。
イチゴさんも 34 歳とまだ若いので、このよ うなマイルドな方法に変えるだけで、いい卵 が採れる可能性は十分にあります。
ジネコ注目のスタッフ!
培養室長 井上岳人さん お預かりした卵子と精子の体外受精や顕微授精を担 当しています。当院では「piezo(ピエゾ)」という精 密機器を使い、従来の顕微授精よりも卵子にやさしい 方法を採り入れています。これまでは針に圧をかけて 卵子に差し込んでいましたが、ピエゾでは微細な振動 で卵子にやさしく穴を開けていくのが特長です。マウ スの実験では、従来の方法で受精しなかったケースに、 このピエゾを使い受精率が劇的に改善しました。 患者さまの大切な卵子をお預かりしていますので、 できる限りダメージを少なく、素早く、ていねいにと 心がけています。特に精子を注入する時は、「必ず受 精しますように」と心を込めて祈りながら注入してい ます。 培養士の知識やわずかな技術の差が受精率や妊娠の 成功に大きくかかわります。次々と最新の技術が出て くるなかで、文献を読んで知識の向上や知見を広げる だけでなく、日々技術の習得もしっかり行っています。 安心して当院にお任せください。