自然妊娠の経験があり、 体外受精に進むことに 抵抗があるのですが……
自然妊娠するも流産してしまう原因は?
精子や卵子のグレードがどのように影響しているのか、 セント・ルカ産婦人科の宇津宮隆史先生に伺いました。
宇津宮 隆史 先生 熊本大学医学部卒業。1988年九州大学生体防御医学研究所講師、 1989年大分県立病院がんセンター第二婦人科部長を経て、1992 年セント・ルカ産婦 人科開院。国内でいち早く不妊治療に取り組 んだパイオニアの一人。開院以来、妊娠数は7,000件を超える。 O型・おひつじ座。取材の少し前に30名のスタッフ全員で久住 山への登山を敢行した宇津宮先生。「目当てのミヤマキリシマ(ツ ツジの一種)を見ることはできなかったが、途中で霧が晴れたお かげで、久住の素晴らしい景色を堪能できました」と、日焼けし た笑顔で語ってくださいました。
目次
ドクターアドバイス
●40歳を超えると卵子の状態が急激に変わる
●早急なステップアップを決断して
●体外受精は究極の検査法である
ゆみぃさん(41歳)からの投稿 Q.40歳0ヶ月から自然妊娠を2回するも、いずれも7週で流産。AIH(人工授精)は5回とも妊娠せず。AIHを始めて、主人の精子状態が良くな いことが分かり、正常値を超える時もあれば顕微授精レベルの時もあ ります。先生に体外受精を勧められましたが、迷っています。私の年齢 と主人の精子状態を考えると理解できるのですが……。このままAIH を続けても意味がないのか、仮に続けたとして排卵誘発剤は必要なの か、アドバイスをお願いします。ちなみに、不育症、卵管造影、ホルモン 検査などの検査で異常は見つかっていません。基礎体温も二層に分か れており、高温期はきちんと14日です。
●これまでの治療データ
検査・ 治療歴
タイミング法3回、AIH6回。
子宮鏡検査、卵管造影検査、 AMH検査、精液検査、ホルモン検査など。
昨年9月にセキソ ビットⓇ、10月から低温期にHCG注射をしてAIH。
AMHの値 (卵巣予備機能)
3.68ng/mL
現在の 治療方針
卵胞期に排卵誘発剤を使わずにAIH。
AIHは卵胞チェックのみで、AIH後にHCG注射。
精子 データ
良い時 運動率60% 濃度2450万/mL 量4.5mL
悪い時 運動率24% 濃度1100万/mL 量3.5mL
ステップアップの速度
ゆみぃさんの検査結果に異常はないものの、 ご主人の精子には若干の問題があるとのこと。 自然妊娠の経験もあり、もう少し人工授精を 続けたいと考えているようですが……。
宇津宮先生 たとえ自然に妊娠しても、流産 してしまうということですよね。
このような 場合、問題は精子ではなく、卵子にあると考 えられます。
ゆみぃさんの主治医が勧めてい るように、体外受精への早急なステップアップを決断していただきたいですね。
自然周期で月に一個の卵子を使うというの は、年齢的に考えるとあまり効率が良いとは 言えません。
体外受精できちんと排卵誘発を すれば、一度に 10 回分の卵を採ることが可能 で、 10 ヶ月先までの時間を短縮できます。
た だし、仮に 10 個採れても妊娠までたどり着く 可能性のある卵子は 40 代では 2 〜3個程度。
それだけでも急ぐ必要があると思いません か?
自然周期で 10 個採卵するには 10 ヶ月か かり、その時間の分だけ年齢はさらに上がり ます。
現状では、AMH値が3・6 ng / mL なの で年齢の割に良好ですが、1年後にこの数値 が保たれているかは分かりません。
40 歳を超 えてからの治療は、状況が加速度的に変わる ということを、しっかりと認識していただき たいですね。
年齢と流産
排卵誘発のメリットについて、もう少し先生 のご意見をお聞かせください。
宇津宮先生 排卵誘発を行ったとしても、卵 の質自体は変わりません。
しかし、自然排卵 の場合に起こりやすい黄体機能不全が、排卵 誘発を行っていれば防げるというメリットが あります。
それよりも、もう少しゆみぃさん に疑問を持っていただきたいのは、人工授精 を7回以上行うことについてです。
当院では、 ゆみぃさんと同年代の患者さんの場合、タ イミング法は1〜2回、人工授精は3回まで で、体外受精に切り替えるようにしています。
流産に関しては、流産胎盤の染色体検査を必ず行っていますが、その内の8〜9割は染色 体異常による流産であることを確認していま す。
40 代女性の場合、きれいな受精卵でも7 割が染色体に異常があると言われています。
その数値を加味すれば、排卵誘発で 10 個採卵 できてもそのうち7個は染色体異常の確率が 高く、流産せず出産までに至る卵が3個しか ないと理解していただけるのではないでしょ うか。
体外受精をためらう…
体外受精へのステップアップをためらう理由 は自然妊娠の経験があるからでしょうか?
宇津宮先生 主治医に排卵誘発や体外受精を 勧められているようですが、高齢でも自然妊娠した経験があるために、どうしても躊躇し てしまっているのでしょう。
その気持ちを汲 んであげられればいいのですが、残念ながら 時間は止まってはくれません。
排卵誘発をし てなるべく効率良く採卵し、その中からさら に良好な卵子をセレクトして体外受精。
その 選択がもっとも近道であるということを、ぜ ひとも早急に理解していただきたいですね。
自分達で治療を決めていく
ゆみぃさんはHCG製剤を投与するのは「質の良い卵が採れるから」と医師から説明を受 けていますが、投与後 11 〜 12 日で排卵したこ とに疑問を抱いているようです。
宇津宮先生 低温期に用いているので、恐らくHCGではなくHMG製剤なのでしょう。
それならば「卵子の質が良くなる」「排卵が 早くなる」という医師の説明も理解できます。
40 歳から不妊治療をスタートさせ、治療歴 は1年ということですから、ご自身の置かれ ている状況がまだきちんと把握できていない かもしれませんし、体の変化の加速に気づく というのも難しいことかもしれません。
当院では不妊治療全般における講座や体外受精教室など、さまざまな講座・教室を開催 していて、ゆみぃさんのような患者さんには、 何度でも受講してもらっています。
1回目よ りも2回目、その間に治療や心理的変化など ご自身の経験を積み重ねることによって、意 味も分かりやすくなります。
一般的に見て、40 歳を超えると若い頃よりも妊娠・出産が難 しいと気づくこと、年齢と卵には相関関係が あること、人工授精の6回以上は妊娠率が極 めて低く、意味がないこと。
それらの理由も 含めて認識し、自分達で治療を決めていくこ とが不妊治療には大切だということを常に心 に留めていただきたいですね。
主治医との信頼関係も、納得して治療を選ぶ ためには不可欠ですよね?
宇津宮先生 信頼関係はとても大事です。医師は患者さんそれぞれに最適な治療を提供し ます。
それに対して不満や疑問があれば納得 するまで話をしなければならないでしょう。
ゆみぃさんは、まだ少し主治医との信頼関係 が築けていないように見受けられます。
分か らないことは解決するまで質問し、一つひと つを納得することで、治療のステップアップ もスムーズに行えるのではないでしょうか。
先生もゆみぃさんの主治医と同様に体外受精 を勧められますか?
宇津宮先生 患者さんにしてみれば、体外受 精は金銭的負担も大きく、最後の砦のように 感じるでしょうが、我々医師にとっては、究 極の検査法です。
以前から患者さんにお伝え していますが、体外受精では良質の精子と卵 子を選び、その後の過程を常にチェックして います。
遺伝子の小さな異常も、体外受精ま で進んだからこそ見つかる場合もあります。
年齢が上がると、良質な卵の採れる確率、 さらに、それが染色体異常のない卵である確 率は加速度的に落ち込んでくるという統計も 出ています。
去年と今年、1年でも半年でも、 重みは違います。
なるべく早く、主治医としっ かり話し合い、体外受精へのステップアップ を検討されることをお勧めします。