男性不妊のため、顕微授精で治療中。 排卵誘発剤の副作用がひどいので自然周期を すすめられましたが、ほかに方法はあるのでしょうか。 醍醐渡辺クリニックの副院長・石川弘伸先生に伺いました
【医師監修】石川弘伸 先生 1991年滋賀医科大学卒業、同大学院修了。泉大津市立 病院副医長、水口市民病院産婦人科医長、野洲病院産 婦人科部長を経て、2003 年より醍醐渡辺クリニック副 院長。大学院では生殖医学で着床の分野の研究に携わ り、生殖医療の道を志す。大学で 2年先輩である同クリ ニック院長の渡辺浩彦先生との縁で同クリニックへ。A 型・射手座。真摯で温かい人柄が、患者さんからも信頼 を得ている。「すみません、飽きっぽい性格なので趣味は ありません」と真面目に答えてしまう誠実な先生。通勤の ための車の運転が日々の気分転換だそう。
目次
ドクターアドバイス
◎ 精子のデータは顕微授精なら問題ない値
◎ 自然周期でなくても状況は改善可能
◎ 月経中のホルモン値と卵巣の状態を重視
まんまみいあさん(41歳) Q.乏精子症のため、卵巣刺激法で 3 回顕微授精 しています。毎回、刺激の方法は違いますが、採卵から移植後 2 週間ほど、副作用がきついので、 先生から「次回は自然周期で」と言われました。 私の場合、体が小さいので、少しの腹水や卵巣 の腫れが負担になっているのではないかと、別 の先生は言っていました。 結局、私の場合は卵巣刺激の薬が合わなかった のだと思いますが、体調などを見ながら治療して いくことは難しいのでしょうか?
これまでの治療データ
■ 検査・治療歴
子宮卵管造影検査、異常なし。
AMH:13.6。
タイミング療法 6 カ月の後、人工授精 1 回、 顕微授精3回、2段階胚移植で妊娠するも6週 目で稽留流産。
卵巣刺激法で3回顕微授精しているが、毎回副 作用がきつい。
腹部膨満が強くゴムのズボンし か穿けず、階段の昇降もできず、会話時の息切 れ、寝る時は、横向きにしかなれず、食欲不振、 移植後1週間は仕事も家事もできないくらいし んどい。
腹部膨満で一時的に鼠 そ 径 けいヘルニアにもなった。
卵巣嚢腫も一時的にできたそう。
■ 不妊の原因となる病名
子宮筋腫あり。
ヒューナーテストで乏精子症と指 摘される。
■ 現在の治療方針
卵巣刺激法にて顕微授精。
■ 精子データ
精子数:200万~3700万個/mL(全7回)
精子運動率:6.5~73% 奇形率がやや高い時もあり。
精液所見の変動と、スプリット
今回は、醍醐渡辺クリニック副院長の石川弘伸先生にお話を伺います。まんまみいあさんは、ご主人が乏精子症で顕微授精の適応ということですが、精液検査の結果を見るとバラつきがありますね。
石川先生 はい。
ご主人の精子の数は、最も少ない時は200万個/ mLですが、多い時は3700万個/ mLという検査結果ですね。
バラつきはありますが、もともと男性の精子は体調やストレスなどに非常に影響を受けやすいものです。
また、年齢のせいもあるかもしれません。
体外受精や顕微授精を行うなら、まったく問題のない数値だと思います。
担当の先生は「顕微授精しかない」という診断だそうですが、たとえば精子数が1000万〜2000万個/ mL くらいあれば、一般的な体外受精も考慮に入れていいのではないかと思います。
実際、体外受精は培精させてみないと受精が起きるかどうかはわかりません。
逆に、4000万〜5000万個/ mL という標準レベルの数値でも、いざ受精させてみると受精卵ができないということも結構あるのです。
最近は、採卵時にある程度の個数の卵子が採れたら、「スプリットICSI」といって、いくつかは通常の体外受精で、いくつかはガラス針で精子を卵の中へ確実に届ける顕微授精で受精させるという施設が多くなっています。
年齢が高くなると採れる卵子の数も減ってくるのですが、卵巣予備能を評価するAMHの値は 13 ・6ですから、正常の範囲内で、年齢から考えればいい値だと思います。
だからこそ、卵巣の反応がよくて、毎回ひどいOHSSに悩まされているともいえますね。
適正体重と刺激選択
階段の昇降ができず、普段の会話でも息切れするほど腹水がひどくて、一時的に卵巣嚢腫や鼠径ヘルニアにもなったそうです。体が小柄なことも、薬の効き方に影響しますか?
石川先生 多少はあるでしょうね。
通常よりは少し、薬の量を控えめにしたほうがいいと思います。
ただ、身長と体重のバランスを評価するBMIが 16 ・4というのは、かなり低い値だと思いますので、まずは妊娠
に適した体にするためにも、もう少し体重を増やす努力をされてみてはいかがでしょうか。
に適した体にするためにも、もう少し体重を増やす努力をされてみてはいかがでしょうか。
とはいえ、OHSSは卵巣刺激をする以上、どうしてもついてくる問題。
やはり卵巣の反応をしっかりと評価して、綿密な排卵誘発を行うことが大切です。
もちろん、卵巣刺激を行わない自然周期にすればOHSSは起きなくなるので、思いきって自然周期を選択するのは1つの考えではあると思います。
なかには、卵巣刺激よりも自然周期が合うという人もいらっしゃいますからね。
近年、 40 代の方の場合はどのような排卵誘発法がいいのか、自然周期がいいのかという大々的な調査が行われていますが、結局、まだ答えが出ていません。
その時その時の状況に合った方法を選ぶという、当たり前の結論になってしまっています。
もし、あまり卵子がうまくできずに、一度も移植できなかったという人なら、方法をガラッと変えて自然周期に切り替えてみてもいいかもしれません。
でも、まんまみいあさんの場合、2段階胚移植を行っているということは、少なくとも一度は受精卵が胚盤胞まで到達しているとのことですから、卵巣刺激でよい卵子が育つ可能性は十分考えられます。
あらゆる観点から治療法を選択
なるほど。先生ならどのような治療をされますか?
石川先生 自然周期でなくても、状況を改善することはできると思います。
投稿を拝見すると、やはり薬が効きすぎの感がありますね。
まず気になるのが、OHSSを起こしやすい人というのは、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の傾向があるということ。
PCOSかどうかは月経中のホルモン値でよくわかります。
下垂体ホルモンの1つ、LHの値が比較的高い人が多い。
ですから、LHは治療のスタートに先だって測るべきだと思います。
それによってある程度、卵巣の反応性が予測できますので、排卵誘発剤の種類を決める参考にもなります。
また、当院ではホルモン検査だけではなく、毎回、月経中の卵巣の超音波検査を必ず行い、その周期に卵巣が薬にどう反応するかをしっかり予測しています。
排卵誘発剤にも種類がいろいろとありますので、副作用の少ないリコンビナント製剤などを使うのも1つの方法です。
今までの治療歴を拝見しても、年齢のことを考慮されて積極的にステップアップされてきたのだなという印象です。
しっかり決断されて、治療を進めてこられたのでしょう。
稽留流産についても、もう少しというところまで近づいたということなので、悲観的に考える必要はありません。
乏精子症のデータも、これだけの精子があれば、顕微授精をするにはまったく不安のない数値。
あとは、いかにいい卵子をつくるか、そして、いかに排卵誘発をきちんとできるかが大切だと思います。
※スプリットICSI:採卵した卵子を体外受精と顕微授精とに分けて受精卵をつくること。
※OHSS(卵巣過剰刺激症候群):排卵誘発法により多数の卵胞が発育・排卵することで、卵巣が腫れる、腹水や胸水 が溜まる、血液の電解質バランス異常、血液の濃縮などの症状をみせるもの。
※卵巣嚢腫:卵巣に袋状のものができ、そこに液体がたまっている状態。
※鼠径ヘルニア:脱腸のこと。
※多嚢胞性卵巣症候群(PCOS):月経異常や不妊、多毛、肥満などの症状があり、慢性的にアンドロゲン(男性ホルモン)の過剰や血液中の黄体化ホルモンが高値(卵胞刺激ホルモン上昇を伴わない)、排卵がうまくできない原因不明の疾患。卵巣内にたくさんの小嚢胞がある。
※リコンビナント製剤:遺伝子組み換え(リコンビナント)技術によってつくられた薬。
※稽留流産:子宮内で胎児(妊娠22週未満)が亡くなっているものの、母体には何の症状も現れず、胎児が子宮内に留まっている状態。子宮内容除去術を行う。