無我夢中で取り組んだ治療

夫としてできることは、 シンプルに妻の話を聞いてあげること。 いつも話し合い、確かめ合っていました。

二人で子育てを一緒にしたい! Dさんと奥様の想いは いつも同じ方向を向いていました。 そして先日、無事に男の子が誕生しました。

結婚2年後の流産を きっかけに不妊治療へ

Dさんのお仕事は医療従事者。

日頃から赤ちゃんの訪問をしたり、沐浴指導をしたりしています。

そして、奥様は元保育士。そんな二人にとって、赤ちゃんをつくるというのはごく自然な流れでした。

二人が結婚して2年が経った2009年、Dさんは奥様から嬉しい妊娠の報告を聞きます。

しかし、二人で手を取り合って喜んだのもつかの間。

その1週間後には、化学流産という悲しい結果が待っていました。

その後、1日も早く赤ちゃんが欲しいという想いで、タイミング療法を試みましたがなかなか妊娠には至らず、隣県の不妊専門クリニックの門を叩くことに。

「僕が気になっていたのは採精でした。

その場で採るように言われたらどうしようという不安でいっぱいでした。

そんな時、頼りにしたのは、インターネットの口コミ情報。

採精をした男性の体験談を読み、ずいぶん救われました」

実際は、自宅での採精でよいと言われて、ずいぶん気持ちが楽になったといいます。

クリニックでは、二人の体に特に問題はありませんでした。

当時Dさんは 30 歳、奥様は 33 歳。年齢的な問題もないということで、半年間はタイミング療法にトライします。

しかし妊娠の兆候は見られず、人工授精にステップアップしますが、こちらも結果が出ない日々が続きます。

「周りの人から何気なく『奥さんの妊娠はまだ?』と聞かれたり、『早く赤ちゃんをつくらないと』と言われたり、知人から『妊娠した、出産した』というメールが届いたり……。

そんな時は落ち込みましたが、妻には話さないようにしていました。

知人の出産や妊娠情報を二人で耳にした時も、『人それぞれだし、今の病院でとにかく頑張ってみよう』と自分たちに言い聞かせ、気持ちを前に向かせていました」

ステップアップを目指し 夫婦で転院を決意

「クリニックでは年齢的な問題はないと言われていましたが、僕たちはすぐにでも子どもが欲しかった。

だから、年齢に左右されずに次の治療の提案をしてもらいたかったのですが、先生からはなかなかその様子がなく……。

少しずつ、病院とのずれを感じていました」

そんな時、知人が隣県のクリニックで不妊治療の末に、赤ちゃんを授かったというニュースが飛び込んできます。

それを聞いた二人の意見はすぐに一致し、早速そのクリニックに転院することに。

「初診で先生が、開口一番に『半年以内でなんとかします。

ダメならまた他の方法を考えますから頑張りましょう』と心強い言葉を掛けてくれました。

妻も私も〝求めていたのはこれだ!〞と感じましたね」

転院先の医師は、土日も休みなく治療を続けながら、仕事帰りの男性のために夜 10 時から体外受精の説明会を開いたりと、とにかく精力的に活動されている方でした。

先生の懸命な姿勢に、「この先生にお任せしよう」と、Dさんと奥様の気持ちも一層強くなったといいます。

治療は、1回人工授精をした後、すぐに体外受精へとステップアップしました。

「体外受精については、僕自身もずいぶん調べましたし、説明会にも参加しました。

特殊な治療法だと思っていましたが、体外受精で妊娠された方がたくさんいることを知り、気持ちが楽になりました」

1回目の採卵では 19 個の卵子が採れて、そのうち5個が胚盤胞に。

新鮮胚を戻しましたが、妊娠には至りませんでした。

「先生は『まったく気を落とす必要はないよ』と言ってくださいました。

そしてすぐに、次の提案をしてくれたんです。

落ち込む暇などないくらい素早い対応をしてくださったことが僕たちには心強かったです」

そして2回目の体外受精では凍結胚盤胞移植を試み、2011年、ついに念願の妊娠。

3年にわたった不妊治療を卒業することになりました。

妊娠後も頼りになった ドクターのフォロー

しかし、妊娠後のまだ間もない時期に、奥様が突然出血をしてしまいます。

「僕が仕事で不在で、妻は一人で病院に行ったのですが、この時も先生がすぐに対応してくれて『この出血はまったく問題ないよ。

何かあったらいつでも僕のところに来なさい』と励ましてくれたそうで、胸をなでおろしました」

その後は順調に妊娠期間を過ごすことができ、そして今年1月、無事に元気な男の子が誕生しました。

「今思うと、治療中は無我夢中で過ごした期間だったと思います。

僕も妻もお互いに落ち込んだり、不安になったり、一時は里親制度について調べてみたりもしました。

ただ、妻も僕も子どもが好きなので、できる限りの治療はすべてやってみようという意見は同じ。

常日頃からとことん話し合って、目指す方向を確かめ合っていました」

とても積極的に治療や説明会に参加したり、情報収集も欠かさなかったDさん。

「僕はもともと仕事柄、興味もあって、治療について調べたり聞いたり、情報収集をすることへのハードルは感じませんでしたが、普通はここまで勉強するのは難しいかもしれないですね。

不妊治療において男性ができることは、やはりシンプルに奥さんの話を聞いてあげることだと思います。

それでも治療に行き詰まった時は、僕たちは趣味の旅行をすることで気持ちをリセットして、また新たにスタートを切っていました。

それと、『この人だ』と思える先生との出会い。

これが僕たちの場合は、一番重要だったとつくづく思っています。

まだ息子を授かって間もない僕たちですが、2番目の子を授かるために不妊治療が必要になった時には、またあの先生のお世話になりたいねと、妻と話しているんです」

「今は、妻の夜中の授乳につき合って、僕はおむ つ替えを担当しています」と嬉しそうに語ってくれ たDさん。まだパパになったばかりですが、育児 にもとても積極的な一面が垣間見られました

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不妊治療に関するドクターの見解を取材してきました。