家族のカタチ(3)

【これまでのあらすじ】
“まぐ♪”は33歳で、9歳年下の“いも”と結婚。その後、タイミング療法、人工授精をするも妊娠に至らず、体外受精に挑戦。

しかし、4回目でも結果が得られず、“養子”という選択も考え始めていた。でも、納得するまで治療したい。

そんなまぐ♪の願いが通じたのか、5回目の体外受精では妊娠率が高いといわれる5日目の胚盤胞が2個もできた。あとは体調を整え、移植を待つばかり。

まぐ♪の心は、これまでになく舞い上がっていた――。

5回目の体外受精に失敗…

移植は、前に凍結していた分割卵を3日目に戻し、5日目に胚盤胞を2つ戻した。できることはすべてした。しかし、結果は陰性――。もう、気持ちは吹っ切れていた。「原因不明というのは、原因がないではなく、それを僕が見つけられなかったということ。ごめんね……」医師は二人に深々と頭を下げた。

「いえ、ありがとうございました。先生には本当に感謝しています」まぐ♪も、いもも、同じ気持ちだった。こうして不妊治療はすがすがしく終わり、すぐに気持ちを養子のほうへ切り替えることができた。「もう一つ」の選択に向け、新たなステップを踏み出すことになったのだ。

治療から「もう一つの選択」へ

2回目の体外受精が失敗した頃から、まぐ♪は治療と同時進行で養子について調べていたのだが、まず、日本ではそうそう養子にできる子どもがいない、という事実に驚かされた。児童相談所に登録しても3年待ちくらいは当たり前、それどころか何年待っても一度も子どもの委託の打診がないことも多いという。さらに「0歳児で女児」という希望なら、叶う可能性はゼロに近い。

養子を迎えることは、もしかしたら不妊治療よりもずっと険しい道のりかもしれない、とまぐ♪は思った。「とにかく里親認定をとろう」まずはネットや電話で調べて、児童相談所に説明を聞きに行くことにした。児童相談所では、里親認定の申し込みをするには、まず施設での研修を受けなければならないとのことだった。研修を受けてみて、子どもを受け入れたい気持ちが変わらない人にだけ申し込み用紙が渡される。しかし、それはまだほんの入り口で、研修→申し込み→家庭訪問→面接まで進まないと、年に2回の里親認定の審議会で審議してもらえない。焦りながら待つことひと月半、研修の日程が決まった。

当日、まぐ♪といもはドキドキしながら施設へ行った。その施設は定員が50名だったが満員状態。

「これだけ子どもがいても、養子縁組できる子は1人もいません。理由は、年に1回ほども面接に来ない親が親権を手放さないからです。なかには、大人になるまでここで育ててください、という親もいます」

養子縁組できる子はいないんだ、と少しショックだったが、まぐ♪たちの姿を見たとたん、我先にと二人のひざの取り合いをしてくる無邪気な子どもたちに、気持ちが傾いた。二人が行ったこの児童相談所では、短期里親をすることが条件だと言われた。「短期の里親になりたかったわけではないけれど、里親をしながら養子に来てくれる子どもを待とうか」

以前問い合わせた民間のNPO法人の説明会が翌日に控えていたが、このときは二人とも里親登録をして待とうという気持ちになっていた。

「子どものための縁組」

翌日、まぐ♪といもは、朝から民間のNPO法人「環の会」の説明会に出掛けたが、その説明会はショッキングなものだった。児童相談所とは考え方がまったく違うのだ。
まず“養子”という言葉は使わず、“子どものための縁組”と表現される。そして会は、子どもに恵まれない夫婦に子どもをつなぐためにあるのではない。第一に子どもの命を守り、精一杯幸せにしてあげたい、そして第二に、産んだ母親にも安心して幸せになってほしい――。その延長線上に、信用のおける夫婦に子どもを紹介する、という考え方なのだ。

そして、年齢、性別、国籍、障害の有無など、子どもの背負っている事情のすべてを無条件で引き受ける覚悟のある夫婦だけが登録できるということだった。実際に子どもを迎えて親子になった家族とも話したが、みんないきいきとして、まったく普通の親子に見える。「登録ができれば、春には子どもを抱いているかもよ」先輩夫婦の言葉が気持ちを動かした。二人は、児童相談所に断りの電話をした。二股はよくないし、この会の方針や先輩夫婦のいきいきとした笑顔、そしてなによりも、早く子どもに会えるかも……という期待が、二人に決断させたのだった。

育ての親の登録用紙が届いた!

そして説明会から約2週間後、二人は登録のための面談を受けた。この面談は厳しいと聞いていたので、前の日は緊張して眠れなかった。面談では、思いもしない質問が飛んだ。「えっ、生みの親のことですか?」正直、養子縁組を考えたときは、その子に生みの親がいることなんてあまり考えていなかった。まぐ♪はなんとか必死でアピールするが、ろくな答えが出なくて空回り。一方、いもは終始無口だ。面談の最後に、「夫婦二人でも十分楽しいですが、私たちは子どもを迎えて一緒に苦労して、そしてなにより、家族になって幸せになりたいんです」これが精一杯の言葉だった。「登録をお願いする場合は、2週間以内に登録用紙を送ります」

会の人にそう告げられて部屋を出たまぐ♪は、頭の中が真っ白だった。これは間違いなく断られる――そう思うと涙が出た。とにかく2週間待とう、そう話していたまぐ♪といもの元に、翌日、なんと速達が届いた。中には、育ての親の新登録申込用紙が!「ええ~っ!なんでなんで?」うれしくて涙が溢れ、いもと何度も抱き合った。不妊治療中、一度も妊娠の陽性反応を見ることができなかったまぐ♪は思った。「もし陽性だったら、こんなうれしさだったのかも……」子どものいる家族になれる、希望の光が初めて見えた瞬間だった――。(つづく)

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