【体験談】子に恵まれなくても自分たちは幸せ。そう思えたから治療を続けました。

 

思いがけず始めた不妊治療を続けて10年
子に恵まれなくても自分たちは幸せ。そう思えたから治療を続けました。

ある日、ジネコの公式LINEにメッセージが届きました。「不妊治療をして感じたことをHerStoryでお話しできたらうれしいです」。結婚当初はまったく不妊治療の知識もなかったマリンさんの、10年に及ぶ妊活の物語を前編・後編に分けてお届けします。

病気確認の受診のはずがいきなり不妊治療へ突入

マリンさん(43)と夫・ハジメさん(42)は職場で出会った同期。9年の友人関係を経て交際7カ月で2014年2月に結婚。当時マリンさんは漠然と「子ども4人」、ハジメさんは「3人欲しい」と思っていたそうです。
「普通なら、4人産むのに何年かかるか想像しそうですが、当時の私は全然考えていなくて(笑)。30代前半だし、35歳までに妊娠しなければ、不妊治療しようかな、ぐらいの感覚でした」
ところが結婚1年後の2015年7月。職場の先輩から「子どもが欲しいなら一度産婦人科に行っておいたほうがいい」と勧められ、軽い気持ちで受診したことが思いがけない転機になります。
「すぐに妊娠したいわけでもなく、月経不順があったので何か病気が隠れていたら嫌だなと思って受診しただけでした。でも男性ホルモンが優位で妊娠しづらい体質だと告げられて。若いからまずはタイミング法から始めようと言われ、気づけば怒濤の不妊治療が始まっていました」

生理が「きた」が「ダメだった」に

当時のマリンさんは仕事が非常に忙しく、土日も朝から晩まで出勤する日々。そんななかで基礎体温を測り、仕事を調整しながら足繁く通院を続け、次第に心身共に余裕を失っていきました。
「途中からクロミッドRを使うようになったのですが、なかなか卵胞が育たなくて。仕事を休んで受診しても『まだですね、明日来て』『明後日また来て』と医師は平気で言うんです」
心が折れ、16年1月から約半年、治療を中断。その間に人工授精を経験した知人から話を聞き、6月から人工授精で治療を再開します。しかし、人工授精も2カ月連続で不成功。「いつステップアップすべきか」と医師に尋ねても明確な答えは得られませんでした。先の見えなさに再び治療を中断し、3カ月間、海外旅行などで距離を置きました。
「治療前は、生理が来ても『あ、きたな』程度でした。でも、治療を始めるとどうしても期待してしまう。だから生理がくるたびに『ダメだった』と落ち込む。その繰り返しに疲れてしまいました」
しかも、夫・ハジメさんには問題がなく、自分が足を引っ張っているような感覚。仕事と治療の両立も難しく、当時は人工授精もまだ自費。暗闇の中を、手探りで進んでいるような日々でした。
「妊婦さんを見かけるだけで涙が出て、ドラマに赤ちゃんが映るだけで胸が苦しくなってという精神状態で。振り返るとこの時期が一番つらかったですね」

子どもが欲しい理由を自問転院して再々スタート

再び治療から離れた時間のなかでふとマリンさんは自問自答してみます。「そもそもなぜ子どもが欲しいのか?」「子どもがいなければ不幸なのか?」「自分の幸福とは何か」と。行き着いた答えは「自分たちの子どもがどんなふうに育つのかを見てみたい」という、いわば、遺伝的な興味でした。
「子どもがいてもいなくても私たちは友だち夫婦という感じだから、この先も幸せでいられる。そう思えたとき、治療はうまくいけばラッキーぐらいにとらえることができるようになり、すっと気持ちが楽になりました」
と同時に、そう思えたことが逆に「とことん不妊治療を頑張ろう」という意欲にもつながったようです。
体外受精を考え始めた頃、義妹を通じて不妊治療経験者の話を聞くことができました。治療の流れや費用、注射の痛み、医師のことまで率直に質問したというマリンさん。
「親身になって教えてもらい、不
治療をしている人が想像以上に多いことを知ることもできて、さらに気持ちに弾みがつきました」
そして2017年1月、体外受精へ進む覚悟で大学病院へ転院します。「人工授精6回でダメなら体外受精」と明確な指標を示されたことで気持ちが整理できました。
検査の結果、AMHが7・62ng/mlと高く、多囊胞性卵巣症候群と診断され、さらに卵管造影検査で子宮内膜症の可能性も指摘され、手術を受けてから再びまずは人工授精に臨みます。
「結果が出なくても、“次がある”ことがわかっていたので、以前ほど落ち込まず。何でも話せる医師だったので心強かったですし。大学病院は待ち時間が長いのですが、転院して正解でした」
2017年9月、いよいよ体外受精が始まります。アンタゴニスト法で排卵誘発を行い、採卵8個のうち、受精卵が5個。グレードはG2だったため、2個で1回分として凍結。卵巣が腫れ、新鮮胚移植は見送りましたが、12月に初移植。不妊治療を始めて2年、体外受精を決めて1年。マリンさんは期待よりも「ようやくここまで来た」という安堵と感慨のほうが大きかったそうです。

第一子出産、そしてすぐに次の治療へ

初移植で妊娠が成立し、18年9月に無事、第一子を出産。予定日を7日過ぎ、30時間を超える陣痛の末の吸引分娩、1500㎖もの大量出血という過酷な出産でしたが、子どもが可愛くて仕方ありませんでした。そして、すぐにもう一度採卵すると決め、長男は1歳3カ月で卒乳。早々に第二子の治療を始めることにしました。
「夫は『えっ、もう始めるの?』と驚いていました(笑)。その後、凍結胚移植で第二子を妊娠。妊婦健診でのある出会いをきっかけに不妊治療のとらえ方が180度変わったんです。今では、不妊治療ができると思うだけでワクワクするようになりました」
(後編へ続く)

>全記事、不妊治療専門医による医師監修

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