りんさん (41歳)
「採卵から1クール空けたほうが着床しやすい」と聞いたのですが、どうなのでしょうか?
今回の採卵+移植で保険適用が最大回数に至ってしまい、今回まただめだと自費診療になってしまうので、移植に慎重になってしまいます。顕微授精でないですがザイモートをしたほうが、胚盤胞になる確率は上がるのでしょうか。
あとシート法はしたほうがいいですか?
他に検査や自費診療になった場合の治療の手段も教えていただきたいです。
西川先生に聞いてきました。

旭川医科大学卒業。旭川日赤病院、旭川医科大学病院、
※お寄せいただいた質問への回答は、医師のご厚意によりお返事いただいているものです。また、質問者から寄せられた限りある情報の中でご回答いただいているため、実際のケースを完全に把握できておりません。従って、正確な回答が必要な場合は、実際の問診等が必要となることをご理解ください。
①採卵後に一周期休んだ方が着床しやすいという情報についての見解
採卵直後の周期では、
一方、
②Zymotをした方が胚盤胞到達率は高くなるのか?
Zymot(ザイモット)とは、運動性が高くDNA損傷の少ない精子を選び出すための新しい精子選別法です。
マイクロ流体技術を応用したZymotでは、精液を特殊なフィルターに通すことで、自力でフィルターを通過できる運動性の高い精子のみを選別します。運動性の高い精子は、DNAの断片化率が低い傾向があることが知られており、Zymotによって選別された精子を用いることで、顕微授精(ICSI)において胚の発育、特に胚盤胞までの到達率や着床率の改善が期待されています。
実際にZymotを使用した症例では、胚盤胞到達率や良好胚の獲得率の改善が報告されている一方で、胚盤胞における染色体数の正常性(正倍数性)の割合に関しては、従来の密度勾配遠心分離法との間に有意差がなかったとする報告もあります。したがって、現時点ではZymotの有効性がすべてのケースにおいて証明されているわけではありません。
Zymotの使用が特に検討されるのは以下のようなケースです。
・精液検査で運動率が低い場合
・奇形精子の割合が高い場合
・DFI(精子DNA断片化指数)検査でDNA損傷が多いと判定された場合
・繰り返し採卵を行っているが、良好な胚が得られにくい場合
このような背景のある方は、Zymotの導入を検討することで、より良好な精子の選別につながり、良好な胚が有られる可能性が高まる可能性があります。
Zymotのほかに、PICSI(ピクシー:生理学的精子選択術)も成熟精子を選別する方法として知られています。PICSIは、ヒアルロン酸と成熟精子が結合する性質を利用した技術です。ヒアルロン酸に結合する精子は、成熟度が高く、DNAの断片化が少ない傾向があることから、より良好な精子の選別が可能となります。
これらの技術はいずれも先進医療として認められており、男性側に起因する不妊に対する補助的手段として用いられています。
③Zymotは顕微授精(ICSI)以外でも有効なのか?
Zymotの効果は、精液の状態によって大きく左右されます。特に精子数が少なく、運動率も低い症例では、Zymotを用いても十分な数の精子を回収できないことがあります。顕微授精(ICSI)以外、いわゆる「ふりかけ法」(体外受精)にZymotを用いるケースもありますが、この場合は精子数や運動率がある程度良好であることが前提となります。Zymotによって回収できる精子の数が減少し、「ふりかけ法」に必要な精子数を確保できなくなると、かえって受精率が下がる可能性もあるため注意が必要です。このような理由から、Zymotは基本的に顕微授精(ICSI)との併用に適した技術と考えられています。
④SEET法の有効性についての見解
SEET法(子宮内膜刺激胚移植法)の有効性については、現時点ではまだ明確な結論は得られていません。日本生殖医学会が示す生殖医療ガイドラインでは、SEET法の推奨度はA・B・Cの3段階評価のうち最も低い「C」に分類されており、「反復着床不全において、無治療(SEET法を行わなかった場合)と比較して、臨床妊娠率を改善するかどうかは現時点では不明である」と記載されています。
一方で、「SEET法により臨床妊娠率の改善がみられた」という報告もあり、明確なエビデンスはまだ不十分ながらも、治療オプションの一つとして検討する価値はあると考えられています。
別の視点から、胚移植を行う際に大切なことは、予め子宮内環境を整えておくことです。子宮内膜ポリープや慢性子宮内膜炎が疑われる場合には、必要な検査を行い、必要があれば治療を行うことをお勧めします。
また、「着床の窓」を調べるためのERA検査や、子宮内の細菌叢の状態がわかる子宮内細菌叢検査も、胚移植のタイミングや子宮内環境を知るうえで有効となる検査です。
これらの検査を活用し、適切な準備を行うことが、妊娠成立への近道となる場合があります。
たった一つの大切な『卵』との出会いに向けて、ご自身の体の準備をすすめていってください。
⑤妊娠に向けてアドバイス(他の検査や自費になった時の対応など)
これまでに移植を2回行っているとのこと、3回目の移植に向けて子宮内環境を整えておくことは、妊娠の成立につながる大切なステップとなる場合があります。
すでに子宮内フローラ検査を受けられたとのことですが、ERA検査(着床の窓の検査)は受けられましたでしょうか。
ERA検査については、有効性に限界があるとする報告がある一方で、妊娠率の改善がみられたというケースもあり、検討する価値がある検査の一つと考えます。
また、子宮内膜ポリープや慢性子宮内膜炎が疑われる場合には、子宮鏡検査を行い、必要に応じて治療を行うことも妊娠にとっては重要です。
男性因子の精査としては、先ほども触れた、DFI検査(精子DNA断片化指数:DNA損傷の程度を評価する検査)やHDS検査(High DNA Stainability:染色体が過染色される未熟精子の割合を評価する検査)が精子の状態をより詳細に把握するうえで有効です。ご主人にとっても、不妊治療に向けた体質改善やサプリメントの選択など、治療準備の方針を立てるための指標となります。
当院では分子栄養学(オーソモレキュラー)に基づく栄養解析(採血)や栄養療法をおこなっており、健康維持や妊娠の成立に役立っています。ご自身の体調に気がかりな点がある場合には、検査を受けてみることをおすすめします。ご自身の栄養状態を把握し、どのような食事やサプリメントが必要かを知ることで、妊娠中や出産後の健康維持にもつながります。
自費診療への移行も視野に入れていらっしゃるとのこと、自費診療になった場合にはPGT-A検査(着床前診断)なども有効とは考えますが、不妊治療においては『今の治療』に集中することがとても大切です。まずは保険適用での最後の移植に向けて、できる準備を一つずつ丁寧に進めて下さいね。
一日も早く、新しい命と出会えますよう、心よりお祈りしております。