不妊治療の一部が保険診療になりました。自由診療の時と比べて薬や治療に制限が出ることへの心配もあります。そこで麻布モンテアールレディースクリニックの山中智哉先生にお聞きしました。

麻布モンテアール レディースクリニック 山中 智哉 先生 1998年山梨医科大学卒業。同大学産婦人科学教室入局、国立甲府病院産婦人科などを経て2020年7月、麻布モンテアール レディースクリニック院長に。医学博士、日本産科婦人科学会認定産婦人科専門医、日本抗加齢医学会専門医、米国ISFN認定サプリメントアドバイザー、点滴療法研究会認定医。

保険診療になると妊娠する確率は下がるの?

あまり影響はないと思うので、心配する必要はない

保険診療では、自由診療と比べて、薬から検査までの治療に制限が出るため、一人ひとりの妊娠する確率が下がるのではないかと心配する声があがっています。しかし、不妊に大きな要因がない人や、排卵誘発剤で卵子が育ち採卵ができるような人、年齢の若い人などは、保険診療の範囲でも妊娠する確率にそれほど影響がないと考えます。

また、高度な治療も保険で受けられなくなることを心配する声もありますね。これに関しては、国が一部の検査や治療を「先進医療」として認めました。現在7つあり、保険の治療と組み合わせても、保険の治療は保険のままに、先進医療は自費で治療することができます。

とはいえ先進医療は、誰もが必要とする治療でないと考えます。たとえば保険の範囲内でなかなか妊娠(着床)しない人が必要になってきたりする。ですから妊娠の確率と同じく、あまり心配しなくてよいでしょう。

どの施設でも治療レベルの差はないと考えていいの?

使う薬や治療の決まりがあるほど、施設に差が出る

不妊分野に限らず、保険診療とは「標準的な治療」を意味します。では不妊治療が標準治療になったからといって、どの施設でも同じ水準の治療が受けられるかというと、そうとはいえないと思っています。

たとえば不妊治療では採卵は重要な治療の一つです。採るべき卵子を最善のタイミングで採れるかは医師の腕によるところが大きいのです。

また採卵には『卵胞のフラッシュ』※という方法があります。この方法で採卵すると卵子の回収率が高まります。しかし、保険診療でフラッシュをしない施設もあるので、当然差が出るでしょう。

移植もそうです。「子宮内膜が8㎜の時に移植する」と決めていても、その人の適正な厚さが10㎜ や12㎜ だということもあります。これまでも判断基準のブレはありましたが、今後もブレは解消されにくいでしょう。

このように、採卵や移植、培養の方法は、施設による技術の工夫だと思っています。保険で決まりがあるほど、細かな技術は、施設の経験・知識によって差が出ると思います。

これから不妊治療を始める人は、これらを念頭に施設を選ぶとよいと思います。(コラム参照)

※ 採卵を行う時、一度卵胞から卵胞液を吸引した後に培養液を入れて卵胞内を洗浄し、卵胞壁についている可能性のある卵子を採取する方法。卵子の回収率を高める目的で行う。

自由診療でやっていたけど、保険診療でできなくなった治療は?

とりこぼしがないように補助治療がしにくくなった

保険診療になる前に治療していた患者さんは、複合的に行われていた治療ができにくくなるという心配事を抱えていらっしゃると思います。複合的な治療を行う背景には、自由診療が高額だったこととも関係します。体外受精までやる以上は、1回目から成功させてあげたいという気持ちが施設側には強くあったからです。

ですから初回から、結果を出すための補助治療を複合的に行う傾向がありました。たとえば、移植前に血流を良くする低用量のアスピリンを飲んでもらったり、黄体ホルモンが低い場合は、全周期を安定させることを考えて補充剤を使っていました。しかし保険診療になってからは、これらを含めた複合的な補助治療ができにくくなりました。そうなると、得られるはずの結果にならなかった「とりこぼし」があるケースも出てくるでしょう。2年後の保険制度の改定では、この課題を解決することを期待したいですね。

一方、自由診療の全体像を俯瞰すると、採血や検査、受診回数など、やや過剰だった側面もあります。保険診療になったことで治療回数などの見直しが出てくるかもしれません。

保険から始めても自由診療を検討することがあるの?

何度か着床しない人などは、自由診療の検討が必要に

保険診療で何度か移植しても着床しない時や、難治性着床不全の人などは、医師が自由診療をご提案しないといけなくなる可能性も出てくるでしょう。自由診療には、長い間、各施設が着床に至る技術を培ってきたので、治療法はいろいろあります。しかし自由診療にした場合、全周期が自費の可能性になることがあります。対象となる患者さんにとっては、経済的な負担の心配があると思いますが、そこを理解していただき、一緒に検討してもらいたいですね。

また、保険診療の対象外となった43歳以上の人たちも自由診療になります。卵胞が残っていてチャンスのある人には、積極的な治療で救っていきたいと思っています

不妊治療を始める人へ山中Dr.からのアドバイス

施設や医師の治療経歴を知る

「標準的な治療」を意味する保険診療ですが、保険によって薬や技術の決まりがあるほど、施設によって採卵、移植、培養などに技術の差が出ると考えます。施設を探す時は、医師が所属する学会や、これまでの治療経歴などをホームページで知ったり、人づてに評判を聞くとよいでしょう。

採卵は保険から始めてよい

採卵は保険診療と自由診療とでは行う技術にあまり差はないと思われるので、保険診療で始めてよいでしょう。保険内という決まり事があるなかでも、採卵、移植、培養にこだわる施設がおすすめです。

>全記事、不妊治療専門医による医師監修

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