20代の大半を妊活に費やして 原因不明の流産を繰り返す

20代の大半を妊活に費やして原因不明の流産を繰り返し、病名がわかった時は嬉しくて泣きました。

5年前、21歳で初めて妊娠したCさん。ところがすぐ流産し、その後も流産が続きました。不安にさいなまれて何度も転院を試み、やっと不育症の原因、治療方針が判明したCさんに今の心境をお聞きしました。

子どもは諦めたほうがいい医師の言葉に落ち込む

21歳、22歳で自然妊娠と稽留流産が続いたCさん。その頃は「若いから大丈夫」「偶然」という先生からの言葉を信じていたのですが、24歳でまた自然妊娠し、今度こそはと思ったものの部分胞状奇胎で掻把。3回続けての悲しい結果にさすがに不安を感じたCさんは、地元の婦人科クリニックから総合病院へ転院。検査で異常が無かったため治療を再開し、その後すぐに妊娠しますが、再び4回目の稽留流産。「総合病院の先生からは、流産を繰り返す原因がわからないから治療法はない。出産できるまで何度も流産を繰り返すか、子どもを諦めるしかない…とまで言われたんです。4回目の流産直後にそんなことを言われて、目の前が真っ暗になりました」

その時、待合室で涙するCさんの隣に、一人の看護師さんが来てくれたといいます。「私の友人もあなたと同じような経験をしている。不育症かもしれないから、このチラシに載っている不妊不育専門相談センターに電話してみて。専門病院で診てもらえばきっと希望がもてるわよ」。

看護師さんのアドバイスで不育症相談窓口へ

暗闇の中で一縷の光を見たCさんは早速相談センターに電話し、地元で評判のいい不妊治療専門クリニックの扉を叩きます。「看護師さんの言葉 にとても救われました。同時に、それまで先生からネットは見るなと言われていたので、病院の先生が言ってることだけを信じていましたが、自分の人生だから自分で調べて向き合おうと気持ちを改めました。これを機に積極的に不妊治療の情報を集めるようになり、治療を受ける姿勢が変わりました。症状や検査について、自分から先生に相談できるようになったんです。そして、できるだけいろんな先生の意見や治療方針を聞きたいと思い、クリニックの転院も積極的に考えるようになりました」

この時期がCさんの妊活の大きな転換期だったのかもしれません。そして昨年の7月、26歳でタイミング法とアスピリン治療で妊娠。しかし、この時も稽留流産という結果に。「治療すれば大丈夫だと考えていたので、ショックは大きかったです。でも、この頃には私なりに不妊治療に対する知識が増えていて、まだ諦めることはない、もう少し頑張ってみようと気持ちを切り替えました」

Cさんはその意欲が失せないうちに次の行動を起こします。ネットで情報収集し、より評判の高い不妊治療専門クリニックを訪ねたのです。「年齢とともに不妊治療は難しくなります。だから幅広い年齢層の人たちに支持されている先生なら、より高度な治療が期待できると思って」

首都圏のクリニックで初めて正式な病名が判明

ここで初めてPGT -Aを実施し、今年の初頭に正常胚を戻し、アスピリンを服用。無事妊娠しますが、またも稽留流産。「先生も真剣に向き合ってくださり、治療内容も満足のいくものでした。でも、その時点で不育症の原因の詳細はまだわかっていなかった。だから、何かまだモヤモヤしていて…」

Cさんは、このクリニックの通院と並行して首都圏の不妊治療専門クリニックの受診を決めました。「地元ではもうこれ以上の選択肢はないと思い、より専門性の高いクリニックがたくさんある首都圏に行くしかない、と」

そして今年の春に受けた不育症検査で、初めて“抗リン脂質抗体症候群”という正式な病名が判明したのです。「病名を聞いた時は、涙が出るほど嬉しかった。妊活を始めて数年。いろんなクリニックに転院を繰り返し、ようやく病名をもらうことができたんです。これでやっと次のステップに進むことができる、そう思いました」

ネットは情報収集のみSNSはやめた

Cさんがつらい思いを抱えながら妊活を続けている背景には、何よりご主人の存在が大きいといいます。「夫は口下手だけど、愛情を行動で示してくれる人。2回目の流産の時、彼が私の前で泣いていました。Cがつらい思いをしているのに、俺は何もしてあげられない…と。正直、治療から逃げたくなることはあります。でも私は一人ではない。つらさの半分は夫が背負ってくれている。そう思うことが妊活を続ける力になっています」

Cさんは妊活を始めてしばらくは、落ち込んでもご主人以外には話をしなかったそうです。「人に話しても、まだ若いから大丈夫…のひとことで片付けられてしまう。私の本当の気持ちなんて誰もわかってくれない。そう思っていました」

ところが、ある日友達に電話をしたところ、家まで来てCさんの話をじっくり聞いてくれたといいます。「私が心を閉ざしていただけで、悩みを話せば支えてくれる人がいる。そう気づいたら心が軽くなりました」

ただ、ネット上の交流は一切やめているとのこと。「SNSのキラキラした投稿を見るたびに、自分が惨めになって。それでまったく見ないと決めたら、メンタルがすごく安定しました」

現在は、以前から通っている不妊治療専門クリニックでPGT -A後の胚移植を行う準備をし、妊娠できたら首都圏のクリニックから紹介された地元の総合病院でヘパリンとアスピリンによる治療を行う予定だというCさん。

さまざまな困難を乗り越えて、嬉しい知らせが届く日へと、一歩ずつ前進しているその姿には、胸を打つものがありました。

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不妊治療に関するドクターの見解を取材してきました。