着床前診断から見えてくるもの

着床前診断をテーマにセミナーを主催された セント・ルカ産婦人科の宇津宮隆史先生。

患 者さんやその家族の方々へ伝えたい不妊治療 の現状と倫理観について、さらに詳しく話して いただきました。

 

宇津宮 隆史 先生 熊本大学医学部卒業。1988年九州大学生体防御医 学研究所講師、1989年大分県立がんセンター第二婦 人科部長を経て、1992年セント・ルカ産婦人科開設。 生まれてくる子どものために、臨床遺伝専門医の必要性 を実感している宇津宮先生。「熊本地震の影響で近隣 の山に登るのが難しくなったので、最近は水泳とジムに 通っているんですよ」。市営の体育館に足繁く通う、庶 民的な一面を見せてくださいました。

善し悪しの議論の前に 正しい知識が不可欠です

「第 23 回セント・ルカセミナー」で着床 前診断をテーマにした目的は、我々の予想をも上回る速いスピードで進む技術の実態、それゆえに先送りになっている国内のガイドライン作成や倫理的に危惧されていることを共有するためです。

ジネコユーザーさんのアンケートに目を通し、今回の講演はとても意味があったと確信しました。

アンケートでは、医療現場と一般の方々の認識、また、個々で考え方に差のあることが浮き彫りになりました。

国内では一定の条件を満たした患者さんのみが受けられる着床前診断を、すべての人を対象に「今すぐやるべきだ」「やらないべきだ」ではなく、医療従事者も患者さんも、まずはきちんとした知識をもつことが先決です。

次世代シーケンサーは 遺伝子のすべてを解明する

セミナーで熱い議論が交わされた「NIPT」は、母体血を採取するだけで胎児の遺伝子情報を読み解けるというものです。

血液採取のみで O Kとなると、とても簡単に思えるでしょう。

しかし、遺伝子のすべてを解明できることで、予期せぬ問題も生じます。

たとえば、夫婦どちらにも遺伝的疾患がないと診断されているが流産を繰り返していたとします。

そのような夫婦が遺伝子を調べると、今まで見えてこなかった遺伝疾患が判明してしまうこともありえるのです。

夫婦だけではなく、実はその家族(親や兄弟、姉妹)、そして親戚の遺伝疾患、染色体の転座の可能性が見つかる場合もあります。

そうなると、まるで犯人探しのように誰に原因があるのかを調べたり、予定外に家族の遺伝病を見つけてしまう場合もあるのです。

すべてを知ることは果たして必要か。

不要ならどこまでを調べるのか……。

日本では、着床前診断は特定の遺伝子疾患を見つけるものだという認識を多くの方が持っていることを知っていますか?

あなた方ご夫婦が遺伝子検査を受けたり、もしくは検討するだけで、例えば遺伝子疾患を持って生まれた方やそのご家族の中に「差別されている」と受け取る方々がいることも事実です。

そのことを果たしてどれだけの人が認識しているでしょう。

特定の遺伝子疾患が見つかった場合にどうするのか、生命の選別につながるという意見があることをどう考えるのでしょうか。

進まぬ専門家の育成と 医療現場の現実

日本は世界的に見ても遺伝医学に関して後れをとっています。

ガイドラインがなく、家族や親族まで関わるデリケートかつ複雑な遺伝子を正確に伝え、ケアやフォローができる専門家の育成は進んでいません。

国内の遺伝カウンセラーは約180人、臨床遺伝専門医の産婦人科医は約420人、そして細胞遺伝学認定士も全国で 2 00人弱。

この人数で患者さんにきちんとした説明をできるはずもなく、結果として検査を勧める人、受ける夫婦、それぞれの考えのみで行っても良いということになります。

当院で着床前診断を受ける際は、検査前に必ず夫婦同席で 30 分から1時間かけ て話をします。

染色体検査に入った途端、さまざまな問題が出てくる可能性があるからです。

「2人のどちらかに原因があるとわかった時、どんな気持ちになりますか」「今は大丈夫でも 10 年後はどうで しょう」。

そこまでよく考えて検査するかしないかを決めるということ、覚悟をもってやらなければならないことを伝えます。

すべて可能だからこそ 倫理観が問われる時代に

年間 40 万件の体外受精のうち、半数の約 20 万件が何回も流産を繰り返したり、 流産の確率が高い 35 歳以上の患者さんで す。

アンケートの回答にも見られましたが、「もう流産をしたくない」「ちゃんと妊娠できるようにしたい」という方々のための胚移植を行うことが、我々が必要と考える着床前診断です。

当院の倫理委員長は「これは患者さんの倫理観ですね」と言いました。

もちろん、我々医療従事者の倫理観は前提です。

話は少し逸れますが、現在は入籍していなくても体外受精ができるようになっていますが、これは生まれてくる子どもにとっては非常に不利な状況を引き起こす可能性がありますから、当院ではお断りしています。

すなわち、これが私の倫理観です。今後、生殖補助医療はさまざまなケースで行われていくでしょう。

F ISH法から始まってマイクロアレイ、そして次世代シーケンサーへと急速に変化しているように、医療現場では新しい技術が次々と開発され続けていますが、日本では倫理上の解決が追いついていません。

提供できる技術は増えていても、それを利用できる環境が整っていないので、国は遺伝医療に関するガイドラインの作成を急務としていただきたい。

そして、その状況を理解し、取捨選択するうえで患者さん自身の倫理観も問われる時代になっていることを、よく考えていただきたいと思います。

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不妊治療に関するドクターの見解を取材してきました。