良好な胚盤胞を 移植したのに、 3回とも着床しません
宇津宮 隆史 先生 熊本大学医学部卒業。1988年九州大学生体防御医学研究所講師、 1989年大分県立病院がんセンター第二婦人科部長を経て、1992年セント・ ルカ産婦人科開院。国内でいち早く不妊治療に取り組んだパイオニアの一 人。開院以来、妊娠数は7,000件を超える。O型・おひつじ座。3年間、 臨床遺伝専門医の資格取得に挑戦し続け、昨年ついに筆記試験に合格で きたと嬉しい報告をしてくださった宇津宮先生。「飛躍的に進んでいる医学全 般を理解できて、とても勉強になりました」と笑顔で語ってくださいました。
まゆさん(29歳)からの相談 Q.現在、顕微授精にて不妊治療をしています。夫婦ともに29歳で、4回の採卵、 3回の移植をしました。3回ともホルモン補充とAHAをしています。1回目は 5ABの胚盤胞を移植して化学流産。2回目は5BAの胚盤胞を移植、hCGゼロ で陰性。3回目は5ABの胚盤胞を移植、hCGゼロで陰性。3回とも移植前か ら判定日までプレドニンⓇとバイアスピリンⓇ、ビタミン剤を服用しています。着床障害なのか卵の質の問題か、3回良好な胚盤胞を戻しても妊娠しません。私 自身は毎回ホルモンと子宮の状態などは問題ありませんでした。主治医からは 二段階胚移植か2個胚盤胞移植を提案され、まだ胚盤胞が残っているので次は 2個胚盤胞を移植する予定ですが、ほかに何か対策はありますか?
アシストハッチング
治療歴2年のまゆさんは最初から顕微授精で挑戦。すべてA H A(アシステッドハッチング)を行っているそうです。
宇津宮先生 精子の運動率が2%、数も通常の1 / 20 程度の100万個ですから、男 性側の要因が強いと考えられ、顕微授精の選択は正しいと言えるでしょう。
受精卵は細胞分裂が進むと透明帯から脱出(ハッチング)して子宮内膜に着床します。
しかし、その透明帯が厚いまたは硬くて脱出できない場合、透明帯にレーザーや針でスリットを入れて脱出を手助けするのがAHAです。
しかし、以前、当院でA H Aをした場合としなかった場合の比較を400例に対して行いましたが、着床率に差がなかったため、今現在、当院ではA H Aを行っていません。
二段階胚移植について
二段階胚移植または2個胚盤胞移植を提案されていますが……。
宇津宮先生 子宮に戻した受精卵から発信される信号によって子宮は着床の準備をすると言われています。
その間に別の受精卵を胚盤胞まで成長させ、時間差で子宮に戻す方法が二段階胚移植です。
しかし、その治療法には少々疑問がありま す。
ほ乳類にはインプランテーション・ウインドウ(着床窓)と呼ばれる高温期があり、初期胚が着床する可能性をもっている期間は、マウスでは2、3日ですが人間の場合は3〜5日間とかなりの幅があります。
胚盤胞を移植した時に、最初の受精卵が妊娠の可能性を残したままだとしたら、当然、多胎という結果につながります。
そのリスクが避けられないなら、最初から2個胚盤胞移植を選択したほうが、治療としてもシンプルだと私は考えます。
染色体の問題
まゆさんが着床しない理由について、先生の考えをお聞かせください。
宇津宮先生 良好な胚盤胞を戻して着床しない原因には、染色体の異常が考えられます。
しかし、染色体検査は夫婦ともに調べる必要がありますから、検査以前のカウンセリングがとても重要になります。
カウンセリングでは、検査の必要性というよりも、その結果を聞くのか聞かないのか、ということに重きを置いて話を進めます。
染色体は個人固有のものなので変えようがありません。
自分たちの染色体の異常について知り、さらにその先の対処としてPGD(着床前診断)の選択など、次のステップを決めるための検査だと十分に理解していただくためのカウンセリングです。
この難しさは、夫婦ともに予期しない結果が出ることがあるということ。
まゆさんはご夫婦ともに 29 歳でまだ若く、年齢だけ を見れば自然妊娠できる可能性も十分にあります。
どちらか一方に明らかな原因があった場合、夫婦としてその結果を受け止められるのか否か。
とてもデリケートな問題で、答えが一つではないだけに難しい。
ですから、当院では検査をする前に、ご夫婦同席のうえでじっくりと時間をかけて話をすることが大切だと捉えています。