田中 雄大 先生 慶應義塾大学医学部卒業。日本産科婦人科学会専門医、日本生殖 医学会生殖医療専門医。大和市立病院産婦人科勤務、内視鏡手術 の専門病院を目指した矢崎病院婦人科での勤務などを経て、2009年、 矢崎病院に不妊治療専門の湘南IVFクリニックを開設。その後、2012 年にメディカルパーク湘南を開設。聖マリアンナ医科大学非常勤講師。 9月に1カ月の妊娠者数が60人と記録を更新! とても嬉しく、励みになっ たそう。来年1月に開かれる子宮内膜症の大きな学会でセミナーを依頼 され、今からその準備を始めている先生。「忙しいよ~」とのことですが、 イキイキと取り組まれています。
残っているのは 5BCの胚が 1 つだけ。
妊娠の可能性はある?
焼きあさりさん(36歳)からの相談 Q.タイミング、AIHを経て、初めての顕微授精で昨年出産しました。これから治療 を再開しようと思っています。前回の顕微授精の際に採卵できた数が少なく、凍 結できているのは5BCの胚1つだけです。このようなレベルの胚でも妊娠の可 能性はあるのでしょうか。時間の制約や経済的理由から、再び採卵からやり直す ことは難しいので、あと1つしかチャンスがないと思うと不安でたまりません。 また、不妊原因は①男性因子(AT)、②排卵障害とあります。ATというのは精 子奇形のことでしょうか。AIHのさいに精液検査を何度もしましたが、精子の正 常形態率は10.7%で基準値を超えていました。しかし、クルーガーテストでは 正常群は1.5%と非常に低いものでした。なぜ結果に違いがあるのでしょうか。 そもそもまったく違う検査なのでしょうか。ご教示いただけると幸いです。
受精卵のグレード
5BCの胚を移植した場合、妊娠の可能性はあるのでしょうか。
田中先生 胚盤胞のグレードでは、一般的にCが入っていないものを良好胚盤胞といいます。
そうすると5BCは不良胚盤胞ということになりますが、それでも少しでも可能性があるならと凍結および移植をすることがままあります。
同じ5BCであっても、それが5日目なのか6日目なのかによって着床の可能性は変わってきます。
早く胚盤胞に到達する卵のほうが、着床率は高くなります。
当院でのデータベース3000件の中で、これまでに5BCの胚を移植したケースは 27 件あります。
結果は妊娠が 10 件( 37 %)、そ のうちの 3 件は流産となりましたが、 7 人の方は出産されました。
27 分の7なので生産 率は約 26 %ということになり、まずまずの成 績だと思います。
もし当院にこのような患者さんがいらっしゃれば、「この胚は定期預金としてとっておいて、Cがつかない卵が採れるように頑張ってみましょう」と話をします。
しかし、焼きあさりさんは採卵からやり直すのが難しい状況とのこと。そうであれば、5BCでも移植する価値は十分あると思いますので、体調が良い時に結果を信じて移植されるといいと思います。
先ほどのデータは当院のものなので、担当の先生にどれくらい期待できるのかをあらかじめ聞いておくと、不安や疑問は減るのではないでしょうか。
男性不妊について
不妊原因とされるATと、精液検査について教えていただけますか?
田中先生 ATはあまり使われない言葉ですが、精子無力症=asthenozoospermiaと奇形症=teratozoospermiaの頭文字をとって、無力症+奇形症を表しているのではないかと思います。
クルーガーテストはクルーガー博士が多数の特徴的な精子頭部および尾部の基準をもとに正常と異常の境の設定を決めたもので、精子の染色を行い顕微鏡下で観察して評価するテストです。
検査を行う人や施設によって評価に差が出てしまうことがあるので、そういった問題をなくすために、CASAやSMASといったシステムによる客観的なデータを取り入れる施設が増えてきています。
当院でも臨床の現場ではSMASシステムで測っています。クルーガーテストと人工授精の時の精液検査の計測は方法が違うので、結果に差が出ているのだと思います。
当院のデータと比べても、正常形態率が10 ・ 7 %というのは、低い数値だとは思い ません。
クルーガーテストとの差はあっても、実際に問題になるのは人工授精や体外受精のその場で使う精子なわけなので、この矛盾を気にされる必要はないと思います。
時間的、経済的な理由で体外受精ができないとしても、精子のデータを見る限り、タイミング療法や人工授精で治療を続ける価値は十分にあるのではないかと思います。