何度も胚移植を行っても着床しないという着床障害。
これに対して、視点を変えた治療法が、学会で発表されました。
この治療法を考えられた吉田先生にお話をお聞きしました。
反復着床障害の原因と これまでの治療
吉田先生は、 10 月に行われた学会で「反復ART不成功例」の改善策について発表されたということで、今回は、その内容についてお話を聞かせてください。
吉田先生 「反復ART不成功例」は、文字通りART(体外受精や顕微授精のように体外で生殖医療をする技術)において、不成功をくり返してしまうケース、患者さんのことです。
何をもって「成功例」とするかも難しく、私 としての理想は妊娠・分娩からさらに先に進んで、生まれたお子さんが成長して成人するまでをゴールとしたいところです。
それでも、その前には必ず“妊娠”があり、さらにその前に立ちはだかるのが胚の“着床”です。
「反復ART不成功例」は、“妊娠はするのに、途中で流産してしまう”といったことで、家にお子さんを連れて帰ることができないという場合と、まったく“着床すらしない”という場合の2つがあります。
後者は「反復着床障害( Repeated implantation failures )」と分 類され、定義としては「何回も状態の良い胚を戻しているのにもかかわらず、着床に至らない」例、または患者さんということになります。
原因と考えられるものは?
吉田先生 正常な胚が複数個採れ、胚盤胞にまでしっかり培養することができて、新鮮胚、あるいは凍結融解胚での移植を試みても、結果が出ない、着床しない。このケースには原因不明の場合もあり、そうでないこともあります。
調べていくと、不成功例の原因には、大き く分けて「女性側の因子」の場合と「胚側の因子」の場合とがあります。
「女性側の因子」、つまり母体側の因子としては、子宮筋腫や子宮内膜のトラブル、卵管に水腫があるといったことから、抗リン脂質抗体症候群といった自己免疫性疾患のような全身的な問題もあります。
「胚側の因子」としては、まず卵子そのものの質が悪い、精子の質が悪いといった場合に着床障害を起こしやすいのです。
ご夫婦のどちらかに染色体の異常がある場合もそうです。
卵子の質と精子の質が合体し、それが胚の質になって、妊娠、分娩、出産へとつながっていくのですから、“質”は重要な部分を占めていると考えられます。
これまで「反復着床障害」の患者さんには、どのような治療法が施されていたのでしょうか。
吉田先生 何度も胚移植をしているのに不成功例がくり返される場合、子宮筋腫や子宮の奇形などがあれば手術によって、子宮鏡などでポリープや癒着などが確認できればそれに応じた治療をすることによって、「因子」の大半を取り除くことができます。
また、最近はあまりやらなくなりましたが、 一般的な胚移植ではなく、胚を埋め込む方法もあります。
この方法は、通常は腟から戻す胚を、子宮筋の外側から針を刺して子宮内膜に直接埋め込んで着床を促すという特殊なものです。
また、子宮内膜が薄い場合は投薬で血流を上げ、ホルモン量を調節する、子宮内膜の質が悪い場合には内膜を引っ掻いて刺激を与えてから戻すといった方法もあります。
着床において大事な働きをしていると考えられるhCGというホルモンを、胚を戻す前に子宮に入れたり、着床率が上がるのではと期待されているGM CSFといった物質が入っているものを胚を培養する際に使用することもあります。
神戸の英ウィメンズクリニックで発表され たシート法なども、着床障害に悩む患者さんにとっては注目すべき治療法の一つなのではないでしょうか。
着床期間に着目した 画期的な方法
では、今回の学会で吉田先生が発表された、新たな治療法とは?
吉田先生 新たな治療法というよりも、「発想の転換」、目先を変えた「創意工夫」の治療法と考えていただくといいでしょう。
それは「、日を変えて、2度にわたって移植を行う」という方法です。凍結・融解胚盤胞移植では、黄体ホルモンの注射をしてから、5日後に胚盤胞を移植するのが一般的です。
それを2度、4日後と6日後に試みるという方法で、行った結果を今回、学会で発表させていただきました。
着床する期間は、インプランテーション・ウィンドウと呼ばれ「窓」にたとえられます。
その期間はわずか4日間しかなく、胚は「窓が開かれているタイミングにしか着床できません。
一般的に「窓は、黄体ホルモン注射から5日後に最も開かれると考えられていますが、個人差もあるはずです。
「窓が早く開く人もいるし、遅く開く人もいる。
ですから、もしかしたら、開いている期間がずれている人や子宮内膜の着床能が低い人がいるのではないかと考え、4日後と6日後の2回、移植を試みました(図1)。
どちらも移植する受精卵は受精させてから約5日目の胚盤胞です。
移植する胚は原則として1個ですので、あくまでも着床障害のある患者さんに向けての試みとして行いました。
その結果、過去に平均約4回の胚移植をし て、まったく着床しなかった患者さんにおいて、 16 例 18 周期にわたって試みたところ、 44%が妊娠判定“陽性”となりました。
残念ながら2例は途中で流産してしまいましたが、その他の方は妊娠継続中です。
妊娠しやすい人であれば、4日後、6日後 に移植した胚盤胞の2個ともが着床し、多胎妊娠になる可能性もないわけではありませんが、着床障害のある方ではそれは考えにくいと思います。
なぜ着床しやすくなったのかについては、「たまたまタイミングが合った」「、4日後の移植が刺激となって、6日後の移植に良い作用をした」といったことが考えられますが、まだ今の時点では推論の域を出ません。
それでも、結果が良好であったことを考えれば、試す価値のある“工夫”だと思います。
原因不明の不妊であっても、原因が不明の ままでも、解決の糸口はあるものです。
マニュアル通りの治療法を行うばかりではなく、どうしたら妊娠率を高めることができるか、これからもずっと、一生涯模索し続けたいと思っています。
※hCG:ヒト絨毛(胎盤)性ゴナドトロピン。胎盤の一部で産生されるホルモン。黄体の機能を維持し、子宮内膜を妊娠に適した状態にするプロゲステロンを分泌させる。
※GM-CSF:顆粒球・マクロファージコロニー 刺激因子というサイトカインの1つ。サイトカインは免疫、炎症に関係したものから、細胞の増殖、分化、細胞死、あるいは創傷治癒など、多種多様な作用をもつ。
※シート法:胎盤胞とそれを培養した培養液を別々に凍結・ 保存し、移植の際、先に培養液を融解し子宮に注入し、その後に胚移植する方法。