特集1 胚移植の ギモン&不安
移植後に起こる出血や、胸の痛み、下腹部のチクチクする痛みは何?
ネット上の胚移植に伴うさまざまな症状を見ていると不安になります。
藤野婦人科クリニックの藤野祐司先生にお話を伺いました。
藤野 祐司 先生 大阪市立大学医学部卒業。米国留学、同大学医学 部婦人科学教室講師を経て、1997年にクリニックを 開業。現在、同大学で非常勤講師も務める。B型・お とめ座。先日、子どもの頃に見た名画『キューポラのあ る街』(1962年公開)を、DVDで懐かしく鑑賞した先 生。吉永小百合演じる15歳のヒロインが初潮を迎え るシーンで、日本女性の初潮年齢の低下(最近は10 ~12歳くらい)に思わず驚いたそうです。
目次
ココがポイント
着床時期の出血について
○薬で管理している場合、そう簡単に月経は起こらない
○腟鏡やカテーテルなどの器具で子宮が傷つくと出血の原因に
移植後のチクチクした痛みについて
●子宮のぜん動運動と関係があるのでは?
●異物を排除しようとする免疫反応のメカニズムが働いているのかも
エクレアさん( 39 歳) Q. 移植1週間前に月経前のような胸の痛みがありましたが、医師から薬を飲んでいるせいと言われました。タイミングを取った後や移植後、すぐにくる月経について、移植の時期が悪かったのではないかという不信感があります。
ホルモン補充療法中に 月経が起きたとは 考えにくいです
以前から「着床出血」というような症状を患者さんから時折耳にしますが、「着床によって出血する」というのはハッキリしません。
ご質問には「移植後4日目に月経がきた」とありましたが、これも実際にどのような原因による出血だったのか疑わしいですね。
というのも、エクレアさんは腟坐 薬、ルトラール ® を使用して月経を3カ月止めておられました。
すなわちホルモン補充療法で胚移植されたということになります。
そうであれば、通常、月経はそう簡単に起こるものではないはずです。
薬を使っている間はおそらく月経はこないと思うので、この出血は移植の時に子宮頸部(子宮の入り口)に傷がついて起こった症状ではないかという気がします。
たとえば、検査の際などに腟腔内 に挿入して押し広げる腟鏡という金属製の器具があるのですが、そういうもので傷ついた可能性が高い。
また、エコー検査の時に挿入するプローブやカテーテルの先で子宮の入り口である子宮頸管が傷つき、それが出血の原因となることもあります。
日頃、私たちも患者さんに痛い思いや不快な思いをさせたくないので、できるだけ優しく行う治療を心掛けけていますが、それでも傷つけてしまうことがあるのです。
また子宮の入り口の形というのは、決して教科書に出てくる図版や模型のように真っすぐな方ばかりではありません。
移植で子宮内膜のちょうどいい場所に胚を戻すのは結構難しく、熟練を要することなのです。
たとえば、子宮の位置、形状によっては、細くて柔らかいカテーテルでも、子宮頸管を通す場合に、頸管腺などの子宮頸管の内側の複雑な構造部分に引っかかったり、突き刺さったりして傷をつけたりすることもあります。
あるいは、子宮頸部の円錐切除といった手術をされた方は、カテーテルを子宮に入れる外子宮口が確認しにくい、入口がわかりにくいという点があります。
そういう方にはカテーテルに加えて、子宮の入り口を鋭利な器具で挟むこともあります。
そうするとやはり出血の原因となりやすい。このように、移植や検査の際に起 こる出血というのはさまざまで、決して珍しいことではなく、それほど心配されることはありません。
当院ではそれらの器具を使う時、もしかしたら出血するかもしれませんよとお伝えするようにしています。
子宮内膜の滑らかな場所に そっと置いてくるイメージ
胚移植は本当に奥が深くて、使用するカテーテルにもいろんなタイプがあります。
柔らかいものから硬いもの、細いもの、太いもの、さまざまですので、患者さんに合わせてどれを選択するかというのも重要なポイント。
胚移植に至るまでに何度もエコー検査を行いますと、その間にどのタイプのものが患者さんに合うのかイメージがつかめてきますので、当日、スタッフにこれとこれというふうに指示して用意します。
よく移植の目安として子宮内膜の 厚さは8㎜以上といいますが、内膜というのは厚いところと薄いところがあるので、できるだけ厚いところを見つけて戻すことを心掛けています。
しかもデコボコがなく、表面が滑らかできれいなところが理想的。
入り口から 0.5 〜1㎝くらいがいいと思います。
それより奥でも手前でもダメ。
そんな場所のちょうど真ん中に、圧をかけて動かさないようにしながら、胚をそっと置いてくるイメージです。
胚移植というのは、生殖医療に携 わる医師にとっては最も緊張を強いられる瞬間。
採卵、受精、培養でどれだけよい受精卵を育てることができても、最終的な移植でうまくいかなければ元も子もありません。
戻す位置、その際のホルモンの状態など、細心の注意を払って行われているのです。
りいささん( 35 歳) Q. 移植後2日目から、月経前のような下腹部の鈍痛があり、また数日経ってからはチクチクとした痛みが着床の頃まで続きました。ネットで調べると、妊娠された方にこういう症状がよくあると掲載されていました。その後、痛みは消えたのですが、着床と痛みは何か関係ありますか?
子宮のぜん動運動や 免疫反応の可能性も。 明確な答えは難しい
移植後のお腹の痛み、違和感を訴える声は患者さんから時々あるのですが、明確な答えがないというのが現状では正直なところです。
ホルモン補充療法の場合、排卵誘発でホルモン剤を投与するので、エストロゲンやプロゲステロンなどのホルモンの作用も関係しているのでしょう。
一つ考えられるのは子宮のぜん動 運動。
子宮内膜はさざ波のようなぜん動運動を行っていて、着床が起こると、子宮内膜が奥のほうへ向かって動き始めるという説があります。
その際の子宮のコンディションが、痛みとなって感じられるのかもしれません。
もう一つは、半分だけ自分とは異なる遺伝情報を持つ胚=受精卵のことを、子宮が異物と認識し、排除しようとする免疫反応のメカニズムが働いているのかもしれないということ。
実際は、これが原因と特定するのは難しいと思います。
妊娠の準備に向かい 環境を整えている
着床が起こると、胚と子宮、あるいは卵巣との様々な情報のやり取り(「対話(クロストーク)」ともいわれる)が始まり、女性の体は妊娠の準備に向かってさまざまな変化が起こり始めるという説もあります。
それらもお腹の痛みと何か関係があるのかもしれません。
ちなみにその働きを利用した胚移植の方法が二段階胚移植やシート法で、ダミーとなる胚を移植することや、受精卵を培養した培養液を先に子宮へ戻すことによって子宮の環境が受精卵の着床に向かって整い、結果として着床率をアップさせるという治療法も試みられています。
女性が着床の時に感じる痛み について、昔からさまざまな意見が交わされてきました。
いずれにしても生命が誕生する際の神秘の領域で、まだまだわからないことが多いのです