【体験談】「閉経に近いです」

娘にきょうだいをつくってあげたい…

「閉経に近いです」。

医師のつらい言葉にも 負けずに治療を継続。

次の誕生日まで トライを続けるつもりです。

4 年前、 1 回の体外受精で長女を授かった トモさん。

2 年半前から第 2 子妊娠に向け 治療を始めるも思うようにはいきません。

次の誕生日を前に揺らぐ心境を語ってくれました。

第 1 子妊娠は想像よりも スムーズに進行

取材当日、幼稚園に入園したばかりのあーちゃんを連れてやってきたトモさん。この夏 42歳の誕生日を迎えます。

結婚したのは 28 歳の時。当時お父様が透析治療を受けることとなり、妊娠についてはまったく考えられる状況になかったといいます。懸命の介護を続けたもののお父様はその後ご逝去。当時 35歳になっていたトモさんはようやく妊娠について考えるようになりました。なるべく早く妊娠したかったため、まずは近くの病院を受診。卵管造影検査をしたところ、片方の卵管がつまっていることが発覚しました。「すぐにでも不妊治療したい」そう切り出したトモさんに、ご主人は積極的に協力してくれたのだそうです。病院から紹介を受け、すぐに不妊治療専門のクリニックへ通うことになりました。

不妊治療専門クリニックで数回のタイミング療法にトライしたものの妊娠には至らず、トモさんは先生に早めのステップアップをリクエストしました。そして、初めて受けた体外受精 が見事成功。 2 011年 4 月にあーちゃんを出産しました。あーちゃんがおっぱいを飲む姿が愛おしく、またあーちゃんもおっぱいが大好き。断乳できず、なかなか次の妊娠を考えられなかったトモさん。出産後、10 カ月で生理が来たので、自然にまた妊娠できるかも…とぼんやり考えていました。

しかし、同じ病院で不妊治療を受け妊娠した友人から「 40代は時間が限られているし、第 2 子を考えているから私は不妊治療を再開するよ」。そんな言葉を受け、次の妊娠に向けての準備を決意しました。

第 2 子のトライで知った 高FSH、低AMH

2013年の年明けとともに治療を始めたトモさん。その1 回目は、採卵するも受精ができないという結果。そこではじめてショックを受けることになります。

「実はそれまで何の知識もなく治療をしていたんです。ここからが本当の治療の始まりでした」。

2 回目のトライは遺残卵胞があったために見送り。そして 3 回目のトライ。生理から 10日目で受診したところ、FSHの値が 51 に跳ね上がっていました。そこで先生に言われたのは「この数値は閉経に近いです。妊娠よりもご自分のホルモン治療を考えたほうがよいのでは?」との厳しい 一言。ふだんとっても明るいトモさんも「この先生の診断には帰りながら号泣してしまいました」と語ります。そんなトモさんがそれでもなお治療を続けようと思ったのはご主人の存在。

「主人は私にとってのセカンドオピニオンを言ってくれる存在。この結果にも、本当にそうなの?何かできることはないの?ととても前向き。そんな彼の言葉に後押しされて、前々から気になっていた別の病院への受診を決めました」

2013年 4 月、トモさんは転院。そこではじめてAMH検査を受けます。その結果はなんと 0.1 以下…。そんな状況でしたが、担当の先生の「大丈夫ですよ」の一言。

「ここの先生は、オーダーメイド的に私がやりたいことにトライさせてくれました。それで随分気持ちが楽になりました」。

このクリニックではカウフマン療法で薬を飲みながらの治療が続きました。ただ、薬によってまたFSHが跳ね上がったり、インフルエンザで高熱に見舞われてしまったり、トモさん自身の体調、そして病院の治療スケジュールとのタイミングがなかなか合いません。

「薬の副作用で体調がすぐれず、娘と思うように遊んであげられませんでした。そもそも薬が私の体に合わないのかも…と感じ始めました」

悶々とした日々が続いたある日のこと、前の生理から 17日目で突然生理が来てしまいます。しかしながらその後卵胞は育っていたため、トモさんは採卵を希望しますが、病院からは「今回は周期が少しずれてしまったので採卵は見送りましょう」とのすすめ。せっかく育った卵胞をそのままにしてしまうのは悔しい…そんな思いが拭えずトモさんはその足で元々通っていたクリニックへ。採卵してほしいことを訴え採卵をしてもらいます。そして新鮮胚移植まで進みましたが、残念ながら妊娠には至りませんでした。

そして元の病院で数回のトライの後、昨年夏、ようやく着床!トモさんのお腹の中で赤ちゃんの心拍が確認できました。あーちゃんにも赤ちゃんが来ることを伝え家族で喜びあいました。
しかし、その喜びもつかの間…。

翌月の検診で心拍が確認できず稽留流産をしてしまっていたことが発覚。

「赤ちゃんどこに行っちゃったの?」無邪気にたずねるあーちゃんに「赤ちゃんはお空に行っちゃったの…」と答えるトモさん。

「そのあと娘が空に向かって、バイバーイ!また来てね!と何度も手を振っていて…まだ不安定な時期にどうして赤ちゃんが来ることを言ってしまったのだろう、こんな悲しい思いをさせてしまってかわいそうだった…と心から後悔しました」

次の誕生日を迎える前に 揺らぐ思い…

はじめての流産を経験し、心身ともに疲れてしまったトモさん。病院で 3 カ月のお休みを通達され、思い切って家族旅行を決意。ご主人に休みをとってもらいハワイへ旅立ちました。

「弾丸旅行ではありましたが、娘とようやくゆっくり過ごせました。広い海、海外の様子を見せてあげられて本当に満足できる旅行でした」

心身ともにリフレッシュして今年 1 月に治療を再開。この時も着床したものの先生には「継続率 30 %です」と厳しい数値を伝えられます。それでもわずかな期待を込めていたある日、突然の出血に見舞われます。

「おそらくこの時に自然に体外に出てしまったようです」。

先生に低い確率を言われながらも、心の中で期待していた自分…複雑な思いが重なりあいました。その後、 3カ月のお休みを経た今、トモさんの心境に少しずつ変化が起こり始めています。

「夏に 42歳を迎えます。もう妊娠は難しいのかも…と半分は諦めている自分がいます。でも、自分の経験から姉妹がいて本当によかったという思いがあり、この子になんとしてでもきょうだいをつくってあげたいんですよね。でも、その一方でできなかった時の自分への理由も考え始めているんです。娘を良い環境で育ててあげよう、一人っ子でもたくさんのお友達を見つけてあげればいいんじゃないか、 とか。次の誕生日が決断時かなと…」。

さまざまな思いが行き交うなか、トモさんは次のトライへの準備を始めています。

>全記事、不妊治療専門医による医師監修

全記事、不妊治療専門医による医師監修

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