夫の精子の運動精子の濃度や高速直進率が基準値より 低くても、人工授精での妊娠は可能なのでしょうか。 湘南IVFクリニックの田中先生にお聞きしました。
【医師監修】田中 雄大 先生 慶應義塾大学医学部卒業。日本産科婦人科学会専門医。大和市立病院産婦人 科勤務、内視鏡手術の専門病院を目指した矢崎病院婦人科での勤務などを経て、 2009年、矢崎病院に不妊治療専門の湘南IVFクリニックを開設。聖マリアン ナ医科大学非常勤講師。B型・かに座。内視鏡手術と体外受精を、車の両輪 のような相補的な関係であると考え、この2つがうまく噛み合った理想の不妊 治療の実現を目指している。喫煙は男性不妊の大きな要因になると考え、「禁煙 指導外来」も院内で施行。禁煙の成功率は全国平均 65%程度と報告されてい るが、湘南IVFクリニックではなんと80%を超える人が成功している。
ひよこさん(主婦・32 歳)からの投稿 Q.不妊治療を始めてもうすぐ3 年目。 主人の精液の値が悪く、現在は人工授精で治療を行っています。 ここ2回の精液検査結果(洗浄前)は、精子数1300万/mL・ 1900万/mL、運動精子300万/mL・400万/mL、運動率 23.1%・ 21.1%、高速直進率 4.6%・5.3%です。 通院先の先生には「自然妊娠もできなくはない数字だよ」と 言われますが、なかなか信じられません。 このまま人工授精を続けていていいのでしょうか。
精液検査の所見について
まず、ひよこさんのご主人の精液検査の所見をみて、先生はどのように思われますか?
田中先生 これまで人工授精で妊娠された当院の患者さんのデータを参考にみていきましょう。
まず運動率についてですが、当院のデータでは、妊娠された 27 例のうち、処理前の運動率が 20 %台だった方は6人いらっしゃいます。
ですから、運動率に関してはものすごく低い数字というわけではないと思います。
問題なのは運動精子の濃度。当院でのデータでは、これまで人工授精で妊娠された患者さんのうち、運動精子濃度が最も低かった方は、400万/ mL でし た。
また、ある論文では、運動精子の濃度が原液で500万/ mL を切る と、人工授精の妊娠率は1%を切ると報告されています。
高速直進率に関しては、クリニックの検査機器によって基準値が異なる場合があるため、一概には言えませんが、通常は 25 %以上を良好とする場合が多いようです。
だとすると、4.6 %、 5.3 %という数字はいずれもかなり低いと思われます。
男性不妊と人工授精
ということは、やはり人工授精での妊娠は難しいのでしょうか。
田中先生 処理後の濃度をみてみないとはっきりとは言えませんが、運動精子の濃度に着目すると、やはり早めに体外受精にステップアップされたほうがいいでしょう。
ただし、「人工授精では妊娠は不可能」とは断言できません。
ひよこさんの年齢がまだ若いですし、なるべく自然なかたちでの妊娠を希望されているのであれば、納得できる範囲で人工授精にトライしても、決して間違った選択ではないと思います。
漢方・生活習慣の見直しも並走
不妊治療3年目ということですが。
田中先生 同じ治療を何回されているのか不明ですが、マニュアル的に人工授精を長く続けてしまっているのでしょうか。
もしかしたら、先生に意見を言っても治療内容が変わらず、不信感がつのっていらっしゃるのかもしれませんね。
人工授精にトライされるなら、1回、2回というふうに、期限や回数を決められてはどうでしょうか。
当院でしたら、その間、漢方薬による治療や禁煙など、生活習慣の見直しなども並行し、精子の所見が改善されれば、もうしばらく人工授精を続け、変わらないようならステップアップをご提案すると思います。
確かに、このままの治療でいいのかと悩んでいらっしゃるようです。
田中先生 1、2回のトライは決して無駄ではなく、結果に納得しながら次の治療への心の準備もできますよね。
そういった意味でも、有意義な治療期間になるかと思います。