不妊の原因の半分は男性にあるというのに、 男性不妊についての情報や対処法は、一般に多く知らされていません。 それには、男性特有のメンタルな問題も影響しているようです。 男性不妊のケアやご夫婦の意識の持ち方などについて、 恵比寿つじクリニック院長の辻先生と ファティリティクリニック東京の小田原先生に、ご意見を伺ってみました。
ドクターアドバイス
男性医師による男性専門の 不妊治療クリニックを設立
2003年に辻先生が福岡に開院された「天神つじクリニック」は、国内で初めての男性不妊を専門とした医療機関ですが、なぜそのようなクリニックを作ろうと思われたのですか。
辻 2008年には東京にも設立したのですが、僕が作る前は男性不妊専門のクリニックというのはまったくなかったんですね。
不妊の原因の半分は男性にあるにもかかわらず、男性が安心して診察を受けることができる専門のクリニックがないというのはおかしいと疑問を抱いたのです。
小田原 海外では現在、男性は男性の専門医にかかって治療するのが基本になっています。日本では、今までは婦人科の不妊専門クリニックで女性の患者さんを診る合間に男性不妊の患者さんを診ていたというのが現実で、それはやはり辻先生のようなエキスパートがいなかったせいなんですよね。
男性はなかなか検査や治療を受けたがらない、という声をよく聞きますが、男性専門のクリニックにすることで行きやすくなるというメリットがありますよね。
小田原 女性がたくさんいるところに一人で待たされて、「精子を出してください」というのは、男性にとって恥ずかしくてつらい状況だと思いますからね。
辻 ハードルをぐっと下げることはまだ難しいと思いますが、奥さまについていって婦人科で診てもらうよりは抵抗がないのではないかと思います。今後は受付や看護師などスタッフもすべて男性にして、もっとハードルを下げられるように環境を整えていきたいと思っています。
小田原 来院まではスムーズにいったとして、女性の場合は比較的冷静に検査結果や治療方針を受け入れる方が多いのですが、男性の場合はどうですか?
辻 そうですね。女性に比べて男性はデリケートというか、難しい部分はあります。「悪い状態ですよ」と言っても「俺は悪くない」と思い込みたいという気持ちが強く、説明しても現実を受け入れない。妻に対して負い目を感じたくないのか、家に帰っても奥さまに結果を伝えないという方もいらっしゃいます。
ですから、検査は一人で来られる場合も、説明のときは奥さまも一緒に来ていただくことが望ましいですね。
小田原 自己否定されるような感覚があるのでしょうね。
隠したい、認めたくないと思ってしまう気持ちもわかりますね。
そのような場合、辻先生はどのように対応していらっしゃいますか。
辻 婦人科の先生に診てもらって「精子がいないよ」とだけ言われた、といってうちに来られる方もいるんですが、それではいけないと思います。
当院ではまず、できうる検査をして、その結果をきちんとご説明して状況をしっかり把握していただいたうえで、今後のことを前向きに正面からとらえてほしい、とお伝えしています。
それを女性の医師から言われたら少し困るかもしれませんが、我々のように男性医師からだと抵抗なく聞いていただけるような気がしますね。
やはり、同性だと悩みや症状などに関して共感してあげられる部分がありますから、安心されるのだと思います。
小田原 男性の精子が少なくても、ある程度数があれば何らかの形で妊娠する可能性はありますが、僕らのように婦人科の不妊治療専門クリニックの場合は、女性側の年齢が高いケースのほうが厳しいという印象があります。
ですから、不妊治療全体のなかで男性因子とはどういう立場で、どのくらい治療が可能なのか、そのようなことを
お話ししたうえで、辻先生がおっしゃるように情報や現状を把握していただき、前向きに治療を受けられるようにしています。
辻 不妊症に限らず、すべての悩みや問題を医師が解決できるわけではありません。
不治の病もあるし、男性に関してはどうやっても精子を取り出せない人もいる。もしお子さんができなければ、ご夫婦二人で生きていくことになるわけですが、そのときどちらかに「あのときこうしておけばよかった」と納得できない部分が残っていたら、うまくいきませんよね。
ですから、我々は患者さんに納得して治療を受けていただけるように努めなければいけないと思っています。情報をきちんと理解していただけるまで説明することが大事だと思いますね。
男性ももっと積極的に 不妊に関する情報収集を
小田原 最近は、インターネットや雑誌で不妊に関する情報をよく調べている方、特に女性は知識豊富な方が多いですが、男性も自ら情報を収集することは大切ですか?それとも、あまり頭でっかちになられると辻先生は困ってしまうほうでしょうか。
辻 いや、男性もネットなどで情報を収集することは大切だと思いますよ。それだけご自身の体について関心を持つということですから。
ただし、いろいろ調べて疑問を持ったらそのままにしておかず、診察のときに聞いてほしいと思います。ご理解いた
だけるように医師の立場から正しく説明して、それをまた家で復習していただく。そうすることで納得できますよね。治療においてもプラスになると思いますから。
まずご主人が不妊症の 検査を受けてほしい
初めに辻先生がおっしゃったように、不妊の原因は男女半々くらいなのに、やはり世間的にはまだ「不妊は女性の責任」という意識が強く、身体的にもメンタル的にもどうしても女性側に負担がかかってしまうことが多いようですが……。
小田原 どちらが欠けても成立しない、妊娠は夫婦の共同作業ですから、原因うんぬんというよりは、とにかく二人でチームを組んで頑張ってほしいと僕は思いますね。
辻 「精子が採れたんだから、あとはやってよ」というようなことを奥さまに言う方もいます。そういう考え方はいけないといつもご主人には言っているのですが……。
男性は自分のほうに原因があったとしても妻に負担をかけることになる。そのあたりをきちんと考えていただきたいですね。
最初の検査に関してもそうです。
僕は赤ちゃんを希望されて1年経っても妊娠の兆しがなければ、まずご主人が不妊症の検査を受けるべきだと思っています。
なぜなら、女性の不妊検査には身体的苦痛を伴いますが、男性の不妊検査にはほとんど苦痛がないからです。
小田原 男性が検査や治療になかなか積極的になれないというのは、自分ができることが少ないという歯痒さからきていることもあると思うんですよね。
僕はある程度の段階であれば、生活習慣や食事の改善など、できそうなものがあれば探してあげて、「自分も治療に参加している」という意識を男性にも持たせたいと考えているのですが、辻先生はどう思われますか?
辻 私も同じ意見です。子作りも子育ても、小田原先生がおっしゃるように共同作業でしょう。
ですから、一方が悪いからそちらだけよくなればいい、というものではなくて、二人ともよい状態になれば、それだけ妊娠の確率が上がるわけです。カバーできる可能性があるわけですから、できる限りのことはしていただきたいですね。
生活習慣を改善するなど 夫にもできることはある
小田原 男性が生活習慣で改善できることは、具体的にどのようなことがありますか。
辻 まず禁煙は必須です。タバコを吸うと精子の数も運動率も低下します。
それから、精巣を積極的に温めるようなことは避けてください。たとえばサウナや熱いお風呂、車のシートのヒーターなどもよくないですね。
このようなことを習慣にすると、精巣の造精機能が落ちてしまいますから。これについては明らかなデータがあります。
小田原 食べ物についてはどうですか。
辻 男性は山芋やもずくなど、ヌルヌルしたものを食べるとよいと言われていますが、それは迷信です(笑)。亜鉛や葉酸、ビタミンEなどは摂ることをおすすめしていますね。しかし、あまり神経質になりすぎることなく、食生活については「一般的に体にいいというものが精子にもいいんですよ」とご説明しています。
最後に、特に男性に向けて先生方からメッセージをひと言お願いいたします。
辻 女性側に問題があっても、精子の質を向上させることによって、奥さまの治療をより軽いものにでき、それは生まれてくるお子さんへのリスクを減らすことにもつながります。放っておくと精子所見がどんどん悪くなる方もいるので、ぜひ早めに検査・治療を受けていただきたいと思います。
小田原 不妊治療というのは、ご夫婦の新たなチャレンジになるわけですよね。一つの目標に向かって共同作業をすることは、夫婦生活を見直すきっかけにもなると思います。第二の新婚生活と思って、ポジティブに臨んでいただきたいですね。