
正しい情報を選択し、最速で最善の治療へ
「まだ早い」と言われた検査でまさか?!の不妊原因が見つかりました。
得意の情報収集で少しでも可能性が高い治療法を選択していた、ゆらみさん。早い段階で専門クリニックを受診し、初めての体外受精からPGT – Aを受けて正常胚を移植するも流産した原因は、主治医も自身も想定外の“免疫異常”によるものでした。
治療が長引く可能性に備えPGT – A実施施設へ転院
交際期間約1年で結婚した、ゆらみさん(46歳)と、ゆらゆらさん(44歳)。スピード婚だったため半年は二人だけの生活を優先し、ゆらみさんが36歳になった翌年、妊活をスタートしました。
若い頃から重いPMS(月経前症候群)に悩まされ、痛み止めの薬をもらうために通い続けていた地元の婦人科で半年ずつタイミング法と人工授精を試しましたが、1年経っても妊娠の気配はないまま。次の誕生日が迫った頃、主治医から体外受精を行っているクリニックへの転院をすすめられました。
「どこでも紹介状を書いてあげるよって先生が言ってくれたので、範囲を広げて調べている時に、PGT -A(着床前胚染色体異数性検査)の存在を知りました。もし治療が長引いて、最終的に必要になる時がくるかもしれないのなら、最初から検査ができる病院に行ったほうがいいかなと思い、候補を絞りました」
当時37歳。年齢と治療費の上限を決めて「短期決戦で結果を出す」ことを目的とした治療を受けるため、ホルモン補充周期での治療とPGT -Aが可能なクリニックへの転院を決めました。

医師からの言葉で治療に主体性をもつように
転院したらすぐに体外受精に進めるのかと思っていたゆらみさんですが、PGT -Aを受ける可能性があるのであれば、遺伝子カウンセラーと看護師によるカウンセリングが必要とのことで、人工授精とタイミング法を繰り返しながら半年待つことに。そして2017年10月、ようやく体外受精へ進む段階となりましたが、当時、体外受精は全額自費診療だったのに加え、PGT-Aの費用は「胚盤胞1つにつき7万円」と説明を受けました。「たくさん採れた場合、治療費が高額になりすぎてしまうのではないか」という不安が大きく、PGT -Aを受ける決心がつかず、採卵前日までに必要な書類を用意できませんでした。
さらに、その採卵前日は主治医である院長が不在で、別の医師が担当だったことも重なり、「自分たちの治療なのに、どうしてもっと積極的に考えていないのか」と強く叱責され泣いてしまったそうです。書類の提出が必須だったため
診察室を出た後、夫と母に泣きながら電話で相談し、背中を押してもらって、ようやく決断することができました。
それ以来、ゆらみさんはもっと治療を自分事にしようと、診察時には聞きたいことをメモして持参するなど意識が変わりました。あの時、叱責してくださった先生には感謝しているそうです。
正常胚を移植すれば成功すると信じていたが…
2017年秋、初回の採卵では10個以上採れて胚盤胞まで到達した4個をPGT -Aへ。1個だけあった正常胚を移植するも、稽留流産という結果に終わりました。
「正常胚を移植すれば7割は成功すると言われていたのに、まさか自分が3割に入るとは思いもよりませんでした」
ひどく落ち込んで塞ぎ込んでしまいましたが、ゆらゆらさんに沖縄旅行を提案され、しばし治療を離れてリフレッシュ。暖かい場所で気持ちの切り替えができたことで、2回目の治療に進もうと前向きに思えるようになりました。
「流産の理由を先生に聞くと、モザイク寄りの正常胚だったかもしれないとのこと。そして、本来なら40代以降にしかすすめないというTRIO検査やTh1/Th2検査、子宮鏡検査を提案してくださったので、可能性があるならと即決ですべて受けることにしました」
説明された追加検査をすべて受けた結果、Th1/Th2の数値に異常が見つかり、高すぎる免疫値によって体内に戻した受精卵を異物だと認識して体外に排出しようとする力が働いていたことが判明。主治医も「これに引っかかるとは思っていなかった」と予想外の結果に驚いていたそうです。
「少しでも役に立てれば」と治療の情報や経験談を発信
2回目のPGT -Aでは胚盤胞7個中、正常胚とモザイク胚が各1個。免疫抑制剤タクロリムスを飲んで移植日を迎え、無事に着床したあとはプレドニンに変更し、流産予防のワーファリンRも服用して妊娠継続を目指しました。
血流が良すぎて大量の鼻血が続いたり、ひどい悪阻にも悩まされた「地獄のような日々」。妊娠後期に逆子が判明し、自力で改善するために逆子体操に取り組むも頑張りすぎてまさかのぎっくり腰に。帝王切開への変更が決まると恐怖心が生まれて前日は一睡もできず、覚悟を決めた当日は手術までの待機時間を延長されて……。決して順調とは言えない忍耐の時間は続きましたが、無事に生まれてきてくれた赤ちゃんがお腹の上でおっぱいを一生懸命探す姿を見た瞬間、ゆらみさんは「なんてかわいいんだろう。頑張って良かった」と心の底から思えたそうです。
「短期決戦で結果を出す」を目的にあらゆる情報を取捨選択し、「まだ早い」と説明された検査を受けたからこそ、今こうして築くことができた3人の家族の形。ハプニングをものともせず誕生した女の子は健やかに育ち、現在は毎日元気に小学校に通っているそうです。
出産後は「少しでも誰かの役に立てれば」とnoteに経験を綴ったゆらみさん。不妊・不育のためのPGT患者会の幹事として正しい情報の発信にも携わるなど、精力的に活動しています。



