行き場のない絶望的な気持ちを 夫は全部受けとめてくれました。

 

3年で第一子を授かり、現在、第二子妊活中
行き場のない絶望的な気持ちを夫は全部受けとめてくれました。

昨年9月から第二子妊活を開始したSさんですが、第一子妊活時は、年齢やAMHへの不安・焦りから治療の歩みを止められなかったと言います。精神的に落ち込み、夫Tさんに感情をぶつけてしまう日々もありますが、すべて受けとめてくれることで救われたそうです。

焦りの中で自ら体外受精を希望

Sさん(38歳)と夫Tさん(40歳) は大学の同級生。卒業後、別々の人生を歩んでいましたが、2015年に偶然再会し、20年1月に結婚しました。
妊活を開始したのはその年の7月。最初は自己流でタイミング法を試していましたが、なかなか結果は得られませんでした。そこで不妊治療をしている先輩のすすめもあり、クリニックを受診します。「AMHは1・69ng/ml。33歳だったのに39歳レベルと言われ、衝撃を受けました。でも、まだ若いからと人工授精からスタートしました」 人工授精を4周期試したものの、妊娠には至らず。Sさんは自ら体外受精を希望しました。
「低A M H が気になって不安で焦っていました。コロナ禍で何もしない時間がもったいなくて一刻も早く妊娠、出産を終え、育児へと進みたかったんです」

初めての流産で経験したグチャグチャな気持ち

21年7月、初めての採卵で得られた2 つの胚盤胞を移植しますが、いずれも陰性でした。体外受精へステップアップすれば赤ちゃんに出会えると思いきや、そうではなかったことにSさんは大きなショックを受けます。「私は妊娠できない体かも… と思って、毎日、泣いて夫に当たり散らしてしまいましたね」
翌年5月の2回目の採卵では、3つの胚盤胞が育ち、そのうち1つを9月に移植。初めて陽性反応が出ましたが、心拍確認ができず、流産となってしまいます。
「妊娠はできるんだという嬉しさが多少あったものの、薬に頼ってもダメなのかという失望が入り混じって心はグチャグチャでした」
焦りはさらに強まり、1周期でも早く移植を…と願っていた矢先に新型コロナウイルスに感染。治療は中断されましたが、12月に再開した4回目の移植で陽性、心拍も確認され、無事不妊クリニックを卒業となりました。妊活を始めて2年半が経っていました。

リスクと向き合いながらたどり着いた出産

実はSさんには全身性エリテマトーデスという持病があり、妊娠出産が病状を悪化させる可能性があったので、妊娠がわかった時点で、総合病院で検査を受けました。「幸い体調に大きな問題は見つからなかったのでホッとしました」
また、抗リン脂質抗体症候群という血栓ができやすい疾患もあったので、対策として胎囊と卵黄囊が確認できた夜からヘパリン注射を毎日打つことで対応しました。
「それだけでなく、先ほどの全身性エリテマトーデス治療のために30年近くステロイドを服用していたりと、とにかくいろいろ薬を服用していたため、胎児に影響がないかずっと不安でした」
妊娠してからもそうした心配がつきまとっていたSさんですが、23年8月、何とか無事、女の子を出産することができました。

第二子妊活も歩みを止めず、突き進んでいるものの…

長女・K ちゃんが1歳を迎えた翌年9月、第二子妊活をスタート。AMHは0・39ng/mlとさらに低下していました。
残っていた胚盤胞1個で陽性反応が出たものの、心拍確認できず流産。12月に3回目の採卵、翌年1月の5回目移植も流産でした。「何とか38歳のうちに2人目を授かりたくて、4月から毎月採卵していました。でも、胚盤胞が一つもできず…。先生から『少し休みませんか』と言われてしまって」
それでも「歩みを止めたくない」と思いを伝えると、医師から人工授精へのステップダウンを提案され、7月から挑戦することに。
「焦りはあるものの、今は結構忙しく過ごせていることで気持ちの切り替えができています。育児中心ではありますが、在宅で仕事を始めたり、今後のキャリアを考えて資格の勉強を始めたりしています」とSさん。
日々追われることで他人をうらやんだり、自分を責めたりする時間は格段に減ったと言います。ヨガなどの体づくりも「やらねば」ではなく、楽しい気持ちで行えているとのこと。
なお、第二子妊活は「38歳中」か、「移植の保険適用4回分」を使い切るかのいずれか“遅い方”までと決めているそうです。

つらい気持ちを受けとめ支えてくれたのは夫

「思い返せば、第一子妊活の2年半は本当に苦しかった。排卵誘発のため、決まった時間に注射を打ったり、薬を飲んだりするのもストレスで、焦りと不安で毎日イライラしていました。なぜ自分だけがこんなにつらいのかと悲劇のヒロインぶっていました」
そんなSさんをずっと支えてくれていたのが夫Tさんでした。「どんなに感情をぶつけても逃げずに、すべて受けとめてくれるんです。ドッグランに放たれた犬が私で、待っている飼い主が夫。私が好き放題動き回って、疲れて彼のところに戻るって感じです」
ある日、Sさんは泣きながら、「こんな私なら別れたほうがいい」と言ったことがありました。その時、「君と一緒に居たいから結婚したんだよ」とTさんが言ってくれたそうです。「このひと言にどれだけ救われたかわかりません」。
一方、Tさんはこう振り返ります。「妻のつらさは、僕には計り知れない。でも、だからこそ、せめて話を聞き、そばで寄り添うことは絶対にしようと決めていました。第二子妊活中の今も、それは変わらないです」。
どんなにつらくてもそばに居てくれる――。Sさんの妊活はまさにTさんの愛情深い言葉と行動によって支えられているといっても過言ではないでしょう。

>全記事、不妊治療専門医による医師監修

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