「甲状腺異常」という不妊原因にたどり着くまで 赤ちゃんがやってこない、その原因がわからない。
でも絶対に諦めたくない! 不妊治療に向き合うことは、自分と向き合うことでした。
検査で常に「異常なし」。時だけが静かに過ぎ…。
ある日簡単に判明した不妊の原因は、思いがけないものでした。
「もう誰にも私のような思いをしてほしくない」 まっすぐな目で、その強い思いを語ってくれました。
検査の結果、万事問題なし。 なのに不妊の原因はわからない
半年前に授かった愛娘を抱っこしていなければママさんとは思えないような若々しさと快活さが印象的な M子さん( 30 歳)。 不妊治療前は憧れだったメディ ア関係の企業で、好きな仕事をバリバリこなしていたそう。
「でも、もし私の不妊原因がすぐに判明していれば好きな仕事を辞めなくてすんだでしょうし、何年も不妊治療に悩むこともなかったと思います。娘を授かれたことは本当に嬉しいです。でも同じくらい悔しく、モヤモヤしている自分もいて…」
5 年前にご主人の S さんと結婚した M子さん。 1 年ほど夫婦だけの時間を楽しんだ後、妊娠に向けて自然に任せはじめました。しかし1年近くなっても妊娠する気配がなく、 20 歳の頃から通う A産婦人科で検査をすることに。実は M子さんが高校生の頃、実母が子宮系の疾患で手術をしたことがあり、その経験から毎年婦人科検診を受け続けていました。そこまで意識の高い M子さんにとって、検査の結果の「異常なし」は納得できませんでしたが、とりあえず医師の指導によりタイミング法、卵管造影、人工授精とステップアップしていきました。
「私の卵子も元気、夫にも異常なし。それなのに妊娠しないなんて」
当時は誰よりも早く結婚したのに、どんどん周りの友人たちが結婚後すぐに妊娠していく、その事実は明るいM子さんの心を真綿でしめつけるようでした。大好きな仕事も妊活に専念するために辞め、ヨガ、食事、サプリ、整体など、自分ができることは何でも挑戦。「もともとアクティブな性格で、家の中にこもって治療しかない世界にいるのは無理でした。たくさんの経験のおかげで知識や人脈も広がったんですよ」と M子さんはへこたれず、置かれた状況に立ち向かいました。
有名な専門病院へ転院。 本当にこのままでいいの…?
しかし、一刻も早く次に進みたい、そう考えた M子さんは A 産婦人科から、たまたま地元にある全国的にも不妊治療で有名な B 病院へと転院します。
「早く次のステップに進みたかったのもありますが、A 産婦人科は赤ちゃん連れも多く、通院のたびにその姿を見るのがつらくなってきて…」
B 病院は専門病院だけあり、 集中して治療に向きあえそうという安心感の反面、有名だからこその患者の多さから若干の機械的な診察が気になったそうです。「今思えば、この時紹介状と一緒に持ってきたカルテをしっかり担当医師に見ていただけていれば、私の不妊原因はすぐ見つかったんじゃないかと考えずにいられないんです。推測に過ぎないんですけど」と M子さんは顔を曇らせます。
B 病院でも検査の結果は問題なし、人工授精に 2 回チャレンジした後に院長から卵管とへそから管を通し、より子宮と卵管をクリアにして着床を促す腹腔鏡手術をすすめられます。実は妊活で知り合った友人も同じ手術を受け、着床に繋がっていたことを聞いていた M子さん。その体験談が背中を押してくれたこともあり手術を受けました。
体の快復を待ちながら、 29 歳の誕生日を迎えた M子さんは、 ある鍼治療の先生に出会います。
「先生ご夫妻も不妊治療を経験されていてとても見識の深い方でした。ふいにその先生に私の昔の病気のことを話したんです。 これが大きなターニングポイントだったんでしょうね」
M子さんは小学生の頃、突然 自己免疫系の難病に冒され、長い期間をかけて克服したという病歴がありました。もちろん、 A 産婦人科でもきちんと病歴は話し、B 病院に渡されたカルテにも書いてあるはずでした。それを聞いた鍼治療の先生は「それは不妊に関係あるのではないか、もっと詳細な検査をお願いしてみたらどうか」と強くすすめてくれたのです。
B 病院の流れ作業のような診療では確かにこれ以上進まないかもしれないと懸念していた M子さん。過去の病歴を改めて診察時に語り、ぜひ何らかの検査をしてもらえないかと担当医に訴えました。高額な血液検査の結果、わずかに異常がみられるものが発見されました。それは甲状腺であり、医師から「潜在性甲状腺機能低下症」と診断されたのです。
やっと原因が見つかったと思ったと同時に「そんな異常を今から治せるわけがない」と絶望的になり、ほかの患者さんの目も気にせず待合室で泣き崩れてしまいました。あふれる涙はいつまでも止まることはなかったのです。
シンプルな甲状腺異常の治療。 なんと 1 カ月半で自然妊娠!
甲状腺とは喉ぼとけの下に位置し、ホルモンの分泌に大きく関係する器官で、甲状腺異常は主に女性に多く見られることで知られています。
「確かに疲れた時はよく喉に違和感を覚えていました。でも寝ればすぐによくなるので、まさかそれが甲状腺によるものとは思いもよらなかったんです」と M子さん。
妊娠しやすい甲状腺の数値は TSH2.5μU/ml という指針ですが、 M子さんの数値は 4.2 を超えていました。そこで、潜在性甲状腺機能低下症の治療として、1日1回の服薬を 2週間続けると、なんと数値は 2.7 に。ほぼ正常値という数字に、M子さんは喜びよりも驚きでいっぱいでした。
「大して高くもない薬を 1 日 1 回飲むだけ、しかもたった2週間でほぼ正常値になるなんて、こんな簡単なことが今までできなかったことが悔しくて…」
精神的な疲れもあり、翌月は不妊治療を休んで甲状腺の数値をしっかり正常値にし、体づくりをしたい。そう決意したのが 29 歳の 6 月下旬。しかし M子さんの不妊治療はあっけなく終わりを迎えます。甲状腺の治療を行い、わずか1カ月半後に自然妊娠が判明、あまりにも劇的でした。
その後大きな問題もなく無事 出産を迎え、今は子育てに奮闘中の M子さん。幸せいっぱいの日々ですが、今も不妊治療を思い出すと胸が苦しくなると本音を漏らします。
「幼い頃罹患した自己免疫系の難病、そして甲状腺異常も自己免疫性疾患のひとつ、これらに関係性がないとはとても思えません。潜在性甲状腺機能低下症と不妊の関係に関する研究はまだこの2~3年で知られるようになったものであまりポピュラーではないことも知りました。でも…もし定期検診や、不妊治療における基本の血液検査に甲状腺の数値を測る項目があれば、私のこの3年はまったく違うものだったでしょう。私も改めて詳細な検査をお願いせず体外受精に進んでいたらと思うとぞっとします。不妊治療中の方はまず自分の体質や病歴を改めて見直して、何か気づきがないか自分に向き合ってください。若さや時間、お金を消費して意味のない治療にならないよう、私のような思いをする人がいなくな るよう、願っています」