“特別養子縁組”でわが子を授かるという選択 産めないとしても、子どもは育ててみたい。
そんな自分の気持ちを確信し、養子をもらうと決意。
今は、笑いが絶えない毎日が愛しいです。
不妊治療の末、養子縁組を選択した A 子さん。
事前にご主人と決めていたことがありました。
それは、最初に紹介された子どもを受け入れること。
「子どもは授かりもの。選ぶというのは違う気がしたんです」
辛く苦しかった 約3年の不妊治療
初夏の日差しと風が心地よい とある日、取材にうかがうと A 子さん( 44 歳)と Y 男さん( 42 歳) とともに出迎えてくれたのが T 君( 2 歳)。人懐っこく陽気な 振る舞いで、スタッフを和ませ てくれます。
A 子さんは共通の知人の紹介 で Y 男さんと出会い、 1 年後に 結婚。当時 36 歳だった A 子さん はすぐにでも子どもが欲しかっ たのですが、なかなか授かりま せんでした。
「以前、住んでいた家の近所の 産婦人科に検診の折、医師に基 礎体温表を見せて相談したとこ ろ、大丈夫ですよと言われたの ですが、やはりできなくて。何が原因なのかも知りたかったの で、不妊治療専門のクリニック へ行くことにしました」
この時すでに 38 歳。結婚から 2年経っていました。医師から 「年齢的にもタイミング法の余裕 はない」と言われ、最初から体 外受精をすすめられました。
「結局二人とも、不妊の原因は 見つかりませんでした。それは よかったのですが、そこの医師 がやや威圧的で怖かったので、 途中で友人がすすめてくれたク リニックに変えました」
2つのクリニックでトータル7 回、体外受精にトライ。しかし、 着床しても育ちません。さらに その原因を知りたくて、いくつ かほかの病院へも足を運びまし た。ある病院では「不育症かも」 と診断され、改善のため薬を飲んだ時期もあったそうです。
「そんななかで一度、自然妊娠 をしました。でも、それも育た なくて。ちょうど 39 歳の時で、 ああ、これでできないんだった ら、もう無理なのかなって薄々 感じてはいました」
10年 20 年先を見つめて やはり子どもが欲しいと
A子さんは保育士です。日々、 幼く可愛い子どもたちと接しな がら「いつかは自分の子どもを 育てたいな」と思うことも多かっ ただけに「なぜ、私にはできな いの?」という気持ちが次第に 募っていったそうです。
「不妊治療中は、あんなに好き だった保育士の仕事も正直つら くなってきて。お腹の大きなお母さんを見ると気持ちが沈んだ りもしました」
とにかく気持ちの波が激しく なり、 Y 男さんにつらく当たっ てしまうこともしばしばありま した。
「でも、彼はどんなに感情をぶ つけても全然響かない。本当に 暖簾に腕押しで(笑)。それどこ ろか、血縁とか気にしなくてい いんじゃない? 育てたいなら 養子をもらうのはどう? と言 い出して。私がこんなに頑張っ ているのになぜそんなことを言 うの?どうして協力してくれ ないのって当時は腹を立ててい ました」
どうしてそう言ったのか。 Y 男さんにうかがうと、
「もちろん、実子が欲しいという のはありました。でも不妊治療っ て確率との闘いみたいなところがあって、できるかどうかもわ からないなか、彼女はただただ 自分を消耗するばかり。これを いつまで続けなければいけない んだろうと思えてきてしまって。 だから、養子という選択肢もあっ ていいんじゃないかと。と言い つつ、実は養子縁組の制度など 全然知らなくて漠然とそう思っ ただけなのですが」
どんなに感情的になっても穏 やかに接し続けてくれる Y 男さ んのおかげで、次第に A 子さん も冷静さを取り戻し、現実を見 つめるようになっていきました。
「主人のおかげもありますが、 私自身、 40 歳を過ぎたのも大き かった。子どもが欲しいと強く 願う一方、 40 歳を超えたあたり から、さすがにこれ以上、不妊 治療を続けていくのは金銭的に も精神的にもしんどいなと。それでもう産むのは諦めたほうが いいかなって」
A 子さん夫婦は不妊治療期間 中、子どもがいる前提で新居を 建て、そこですでに暮らしてい ました。私たちが訪ねたのもそ の新居でした。
「ある日、このリビングに一人 座って将来のことを考えたんで す。 10 年 20 年先もずっと二人? いやいやもっと賑やかに暮らし たかったなって」
産むことは諦めても育てるこ とまで諦めたくない――。そう 思った瞬間、 A 子さんは「よし、 養子をもらおう」と決めました。
里親研修を経てT君と出会い、親子に
「彼女が決断してからの展開は 早かったですよ」と Y 男さんは振り返ります。
「二人で話し合ったのが 2 年前 の 6 月末。都の児童相談所に連 絡を取ったのが 7 月上旬。すぐ に里親研修を数日間受講し、家 庭の状況の審査も受けて 9 月に は里親の認定を受けました」
そして、比較的早い段階で生後 6 カ月の T 君を児童相談所か ら電話で紹介され、すぐにエン トリーし、そのまま里親になる ことが決まりました。
「事前に夫婦二人で、最初に紹 介された子を受け入れようと決 めていたんです。実子でも女の 子か男の子かは自分たちで決め られないし、どういう状態で生 まれてくるかもわからないじゃ ないですか。要は実子でも養子 でも大事なのは縁なんです。だ から、この子がいいって自分た ちが選ぶのは何か違うよねって 話してたんです」
T 君が生後 8 カ月の頃から 3 カ月間、週3回、乳児院へ面会 に行きました。「最初は正直、保 育士として子どもに接している 感覚でした」という A 子さん。 本当の意味で愛情を抱き始めた のは 11 カ月目で自宅に引き取り、 一緒に住み始めてからでした。
「 T はミルクの要求の泣き方が すごいとか、一緒にいるといろ いろわかってくるんです。日々 一緒に暮らしていると、親子の 愛情ってどんどん育っていくも のなんですね」
1 年が経ち、今ではすっかりT 君中心の生活。常に笑いが絶 えなくて楽しいと A 子さんは実 感しています。
「 T のことを考えているのが楽 しいし、これからどう成長して いくかと考えるだけでワクワク してきます」
そんな A 子さんを Y 男さんも 優しく見守っています。
「 T は彼女の口真似が上手。な んかひょうきんな性格で僕らを いつも笑わせてくれるんです。 僕はすごく甘い父親ですね。何 でも許してしまうのでよく彼女 に叱られます(笑)」
親子の絆は日々の 生活のなかで紡いでいく
特別養子縁組の場合、半年の 試験養育期間を経て家庭裁判所 へ申し立てをし、実親・里親双 方の調査後、特別養子縁組の審 判が確定されます。 A 子さんた ちは今年 4 月、正式に戸籍上で も親子となりました。
「うれしかったですね。ただ、 養子だということは小さいうち から、理解できる言葉で伝えて いこうと思っています。急に 知ったり、ほかの人から聞いた りすると余計に傷つくと思うの で」( Y 男さん)
この 1 年ちょっとの間だけでも A 子さん夫婦がどれほど愛情 を注いできたかは、所狭しと棚 に飾られている写真の数々を見 るだけでも十分伝わってきます。
「Tには自立した子に育ってほ しい。だから、親の背中を見せ たり、励ましたり、時には厳し く接したりしながら、母親とし て惜しみない愛情を注いでいき たいと思います」(A子さん)