不妊治療で注目される子宮内フローラとは?

妊娠しやすい体にとって重要だと注目されている、子宮内の細菌叢(フローラ)。不妊治療専門のクリニックとして多面的なアプローチを行う津田沼IVFクリニックの吉川守先生に伺いました。

吉川 守 先生(津田沼IVFクリニック)1991年山梨医科大学(現・山梨大学)卒業。亀田総合病院、船橋二和病院、セントマーガレット病院、山王病院などを経て、2010年11月I津田沼IVFクリニックを開設。

卵巣年齢は不妊治療にとっての大きな指標

不妊治療において、よく卵巣年齢という言葉を耳にするようになったと思います。これは卵巣予備能のことで、卵巣内の卵胞数と卵の質で表されます。卵胞は胎児期に形成され、年齢を経るとともに数は減少し、個人差がありますが、30代後半から急激に減少していきます。

卵巣予備能の評価方法には、実年齢、卵胞刺激ホルモン基礎値、胞状卵胞数(AFH)、抗ミュラー管ホルモン(AMH)などがあります。卵の質は実年齢によるところが大きい一方、当院でほとんどの患者さんに行っているAMH検査は、卵巣内の卵数をよく反映します。

AMH値が非常に低い場合には、早発閉経の可能性があるため、積極的に治療をすすめるなど、方針決定に役立ちます。また、卵巣刺激により得られる卵数がある程度は予測できることから、AMH値は不妊治療のなかで非常に重要な検査です。

こうした検査結果、年齢や個々人の状況によって不妊治療の戦略を立てていますが、最近では子宮内フローラにも注目しています。

子宮内フローラの乱れから細菌性腟症に

数年前まで健康なヒトの子宮内は無菌だと考えられてきました。しかし、次世代シーケンサーなど技術の進歩で、子宮にも細菌叢(フローラ)があり、その一部は腟内フローラからきていることがわかってきました。腟内フローラは子宮内フローラを反映していると推測され、腟内フローラの改善が、子宮内フローラの改善につながると考えられます。

生殖適齢期の健康な女性の腟内には、善玉菌であるラクトバチルス属乳酸桿菌が豊富に存在します。ラクトバチルス属は乳酸や抗菌物質を生産し、病原性細菌やウイルスなどが増殖できない酸性粘液の環境を作り、感染症から腟を守る役割を担っています。しかし、体調不良、過労、ストレスなどによる体力や免疫力の低下などでラクトバチルス属の菌量や活性が低下すると、腟内の正常なフローラのバランスが崩れてしまいます。すると大腸菌、ブドウ球菌、連鎖球菌などが通常以上に増殖し、細菌性腟症となります。

さらに異常に増殖した細菌が子宮頸管を通過すると、子宮頸管炎や子宮内膜炎、さらに上行すると卵管炎や骨盤腹膜炎などを引き起こします。妊婦の細菌性腟症は、絨毛膜羊膜炎、産褥子宮内膜炎などと関係があり、特に妊娠後期に細菌性腟症が起こると、早産による低出生体重児、新生児の肺炎・髄膜炎・菌血症などの感染症の原因になります。

ラクトバチルスとラクトフェリンはお互い助け合う関係

一方、機能性のタンパク質であるラクトフェリンは、細菌の生存・増殖に必要な鉄を奪うことにより細菌の発育や増殖を抑えるため、腟内フローラを良好な状態に保つと考えられています。

当院では、子宮内フローラが検査しやすくなったことや、検査データの結果が早く出るようになったことなどをきっかけに、今年になってラクトフェリンを導入し始めました。

子宮内フローラの検査をすると、ラクトバチルス属がほぼいない方もいます。そういう方にはラクトバチルス属の腟剤と同時にラクトフェリンを飲んでいただいて、2カ月後に再検査をします。

ラクトバチルスがそれなりにある方はラクトフェリンだけを、病原菌がいる方には抗生剤で腟内を一度リセットしてから腟錠とラクトフェリンを飲んでもらうなどのようにしています。そうすることで腟内、さらには子宮内のフローラを健全に導くことができます。最近ではラクトバチルス属(Rosell(ローゼル)ー11&52)自体を経口摂取するものが出ていて、女性に取り入れやすい方法だと注目しています。

不妊と腟や子宮内のフローラの関係を調査した論文でも、正常な子宮内フローラは妊娠を安定させること、またフローラ中のラクトバチルス属の割合の低下が体外受精患者の妊娠率・着床率・妊娠継続率・生産率の低下と相関していることなどが報告されています。

腟内フローラの改善という視点が重要

当院でも子宮内フローラの乱れで流産や早産になったのではないかと考えられる症例が見受けられます。また、なかなか結果が出なかった方が、フローラを改善することで、着床しやすくなったり流産率が下がるなどの影響が見えています。不育症に関しても感覚的には有効性があると思います。

ただ、不育症、不妊症を専門にする医師のなかでも子宮内フローラに対する関心や認知度はまだまだ低いと思います。子宮内フローラは妊娠するかどうかというだけではなく、妊娠継続という意味で非常に重要です。超未熟児での早産は将来へ大きな負担を残してしまう場合があるからです。

赤ちゃんを授かりたいと願う女性のために、受精や着床の妨げとなる腟・子宮内の炎症の原因となる感染症の治療や、腟内フローラの改善という視点は、今後ますます重要になっていくと考えています。

>全記事、不妊治療専門医による医師監修

全記事、不妊治療専門医による医師監修

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