「子どもが欲しいから治療する」をあたりまえの社会に
不妊治療は自費診療のものが多いため、経済的なことを考え、治療に二の足を踏んでいる人も少なくありません。当事者たちはこれまで、助成金の拡充や保険適用を求めて声をあげてきました。2020 年、そういった人々をサポートするべく世の中が大きく動きだしました。その一つが「不妊治療への保険適用」です。
そこで今回は、自らが不妊治療経験者であり、今年 6 月に発足した「不妊治療への支援拡充を目指す議員連盟」の発起人でもある衆議院議員で、自民党の幹事長代行を務める野田聖子氏にこれまでの取り組みと、保険適用にした場合にどんなことが起こりうるかなどをお聞きしました。また、保険適用を求めた当事者たちの動きと、実際に治療するドクターの声をお伝えします。
不妊治療の当事者として現状を変えたいと20年間活動
そもそも私が不妊治療の当事者でした。20年前に初めて結婚した時、40 歳でしたから、すぐに当時の夫と産婦人科に行きましたね。タイミング法で兆候がなく、すみやかに体外受精に移行。6年間で 15回体外受精をして、凍結していた受精卵のストックがなくなった時に結婚生活を終わらせました。不妊治療はすごく心に刺さっています。今の夫とは、当初は特別養子縁組で子どもを引き取って育てていこうと事実婚をスタートしましたが、私たちは養親の対象外。そこで夫がいろいろと調べて海外の卵子提供の縁に恵まれ、アメリカ・ネバダ州の女性に卵子を提供していただきました。最初は着床せず、諦めようかと思ったんですが、夫が「もう一度だけ」と言ってくれ、息子を授かることができました。
私が不妊治療の支援に取り組むようになったきっかけは、代理出産をした友人夫妻から「D N A は自分のものなのに、国の法律によって彼らを実子として迎えられない」と言われたことです。彼らは裁判もしました。現状の法律では体外受精などは想定されていないので、分娩した人が母親という裁判例が出ています。自分の受精卵で代理母が産んだ子どもは、裁判例がないから他人だと。〈法律が科学に追い付いていない証〉。その点を整えていきたいともう 20年も取り組んできました。
若手の発案で議員連盟が発足 菅総理の一声で保険適用へ前進
最初から保険適用ありきではなく、まず体外受精などの不妊治療に対して、国が支援していくような法律を作りたいと考えました。最初は不妊治療がどういう治療なのかわからない方も多かったので、何か支援をしたいと思っても賛同者が少なくなかなか進みませんでした。 4年前に自民党と公明党で不妊治療を促進する基本法案を作り、それが自民党を通ったんです。2年前に超党派の勉強会をやり、各党から「いいよ」という返事を積み上げてきまして、この秋の臨時国会に法案を提出しようかという段階までこぎつけました。
なぜ法律にこだわるかというと、不妊治療を周知させるスローガン的な意味が一つ。若い人が困難を乗り越えて厳しい治療を受けていることを多くの人に知ってもらい、みんなが隠れて不妊治療を受けなくていい社会にしたいのです。そして、法律化することで、今は未整備な卵子提供や精子提供で生まれてくる子どもたちの身分も保証されるようになると考えています。
そうやって取り組んできたところに、不妊治療に取り組む人を支援するN P O 団体の方から「久しぶりに国会議員を集めて勉強会をしましょう」と提案がありました。前回はほとんど人が集まらなかったのに、今回は各党から男性が多数集まったのは、それだけ不妊治療が一般化したということですね。そして和田政宗参議院議員が「議員連盟を作りましょう」と。私が問題提起してきたことを若手の男性がやりたいと言ってくれて……。本当にこんなに感 動したことはありませんでしたね。国会で周知させるには男性がトップのほうがいいと考え、甘利明先生にお願いすると「自分も苦労した人を知っているから協力するよ」と快諾していただき、甘利会長、野田幹事長、和田事務局長で議員連盟が発足したわけです。
さっそく当時官房長官だった菅さんに、「保険適用をしたい」と話しました。
これから妊娠、子育てをしていく若い人に過度な負担をかけるのはもうやめよう。治療を受けている人に「頑張ってね!」と言ってあげられる社会を作りたい、と。菅さんも「絶対やるべきだ」と言ってくださったんです。その人が1カ月後に総理大臣になったのだから、それはもう、絶好のタイミングでしたよね。
保険適用の制限はあっていい治療の「次」も提示したい
今、厚生労働省が保険適用のプロセスを作り始めています。範囲は広げられるだけ広げたい。当然、体外受精も入れます。法律婚に限らず、事実婚も。所得制限も限りなく撤廃できればと考えています。
ただ、保険適用するには課題も。大事な国民のお金なので、必要としているところにきちんと行き届くようにする工夫が必要だと考えています。
そして、私が不妊治療で一番辛かったのは、やめられなかったこと。どこかで諦めをつけないといけないから、年齢制限や回数制限があってもいい。保険適用に限界を決めたとして、次は卵子提供、精子提供の道をちゃんと法律で導いてあげること。そこでまた親になる覚悟を
考えればいい。そして卵子提供であっても、自分の子どもだと堂々と言えること。それを今、法律として作っています。私は養子縁組ができなかったことが悔やしくて、養子縁組斡旋の法律も作りました。治療の先にある親になる方法 は用意してあります。
今、不妊治療を受けている方は、堂々とやってください。菅総理が国のトップとして、不妊治療は立派な行為だと言ったんです。誰よりも頑張っている治療中の方々に、エールを贈ります。
不妊治療の保険適用に向けてこれまでの動き、そして今後の課題とは?
不妊治療の保険適用の実現化に向けて、各方面で意見交換や政府への働きかけが行われてきました。
患者さん、医師、それぞれの立場でどんな課題を持ち、どう発信してきたか、最近の動きをレポートします。
7 月15 日 患者団体が「不妊治療への支援拡充を目指す議員連盟」に要望書を提出
保険適用を求める署名は 1万497名分にも!
不妊・不育症治療の当事者たちによって発足した「不妊・不育治療の環境改善を目指す当事者の会」。
高度生殖医療を含む不妊治療費の全面的な保険適用を求め、オンラインを通じて 1 万 4 9 7 名分の署名を集めてきました。そして、2020年7月15 日に「不妊治療への支援拡充を目指す議員連盟」の甘利明会長に要望書と一緒に提出しました。
要望書には、「不妊・不育症治療費の全面的な保険適用」のほか、「施設間の医療知識・技術格差の是正」、「生殖補助医療に関する法整備」が盛り込まれ、検討する際は、不妊治療の現場の医師や患者の意見を必ず聞いてほしい旨も記載されていました。
要望書を受け取った甘利会長は、
「不妊治療には、経済的負担、薬剤による体への負担、仕事と両立させるための負担、心の負担、の4つの負担があると聞いています。現場の考えを把握しつつ、それらの負担を解消し、少子化対策につながる政策にしたい」と、支援拡充への意気込みを語りました。
要望書を提出した当事者の会のメンバーは、「 2年半前、署名を集めようと思ったのは、治療中に心も体も疲弊し、治療費の工面についても悩み、『なぜ当事者がこんなに苦しまないといけないのか』と感じたことがきっかけです。今は不妊治療の支援の考え方についてもかなり患者寄りになってきているので、これからも保険適用実現に向けて活動し続けたいです」とコメント。
この日は、治療体験者を支援する NPO法人Fineも議連宛に「不妊治療の負担軽減に関する要望書」を提出。それらの要望書が一つの契機となり、今、患者の立場に寄り添った支援策が拡がろうとしています。