ドクターが語る最新トピックス
生殖補助医療最前線
生殖医療の現場では、日々新しい技術が生まれ、進歩し続けています。
日本の生殖医療の第一人者として、常に最前線で時代をリードしてきた セントマザー産婦人科医院の院長・田中温先生に、最新の技術や生殖医療の現在を、 詳しい情報や知られざるエピソードとともにお聞きしていきます。
第1回目は、男性不妊治療の最新情報をお送りします。
閉塞性無精子症 その状態と原因
閉塞性無精子症とは、精子を運ぶ精管が途中で閉塞している状態です。
100人に1人、罹患率1%という高い割合で起こる疾患です。
がんや心筋梗塞、脳梗塞などの病気や染色体異常などは何千人、何万人に1人という割合ですから、身近で、頻度の高い疾患であると言えます。
非閉塞性無精子症とは、精巣自体 の造精機能に障害があり、精子ができない状態です。
多くの場合が先天性で、遺伝的なものか突然変異、特に突然変異が多いようです。
原因は解明されていませんが、母親のお腹の中で、かなり初期の段階で変異しているのではと考えられています。
閉塞性無精子症は、精管結紮(パイプカット)をした人と同じ状態であると考えられるため、睾丸の機能は正常です。
睾丸で造られた精子が精巣上体に集められて濃縮し、本来ならあとは射精するだけですが、精子を運ぶ精管が詰まっている。
これも原因不明であることが圧倒的に多いのですが、幼少時の鼠径ヘルニアの手術時に、間違って縛ってしまい閉塞してしまうということが原因になっている場合が意外に多いようです。
鼠径ヘルニアの手術ではヘルニアの鼠径管を精管ごと縛ります。
睾丸は正常なので精子が製造されますが、縛った場所が閉塞しているため運ばれず、外に出ることができない。
精巣では正常に精子を作っているので、精子上体に溜まった精子の行き場がないために太く、硬く、握ると痛い。
これは触診するとすぐにわかりますし、FSHの値を測ればホルモンの数値が正常ですから、精子がきちんと製造されていることも明らかです。
閉塞性無精子症の 切る治療、 切らない技術
現在、産婦人科で不妊の原因が男性側の無精子症と判断された場合は、泌尿器科が顕微鏡で精巣を調べ、状態の良い組織内精子を切り取る、顕微鏡下精巣内精子採取術(MD T ESE)を行うのが一般的です。
しかし、この手術は全身麻酔が必要で、手術時間が1時間以上かかります。
術後はしばらく痛みをともなうなど、大きな負担がかかります。
苦痛を感じる治療にもかかわら ず、それが受け入れられている現状は、おそらく、多くの患者さん自身が「この方法しかない」と信じているからではないでしょうか。
そこで、ぜひとも知っていただきたい治療法が、「外科的精巣上体精子回収法(MESA)」と「、経皮的精巣上体精子回収法(PESA)」です。
MESAは、陰嚢を4㎝ほど切開 し、ガラス製のピペットで精巣上体から精子を回収する方法です。
全身麻酔か局所麻酔をし、手術時間は 20~ 30 分。
当日中の帰宅も可能です。
PESAは、精巣上体にゲージ針 を刺して精巣上体液を回収する方法。
次々に製造された精子がたまっていく精子上体は隆々としていて、針を刺すと圧力がかかった精子が勢いよく飛び出るような感じで採れます。
手術といっても 10 分ほどで済み、メスを使わないので痛みもほとんどありません。
どちらの方法も、精子を回収後、すぐに凍結させれば1回の施術で終わります。
無精子症であっても、閉塞性であ れば精巣上体に精子は存在します。
しかも、時間が経ち、精子が濃縮・熟成されることで濃くなり、運動性も高いです。
この精子は健康的な男性の精子と同じレベルですから、凍結にも強く、結合能力と妊孕能力も非常に高くなっています。
逆に、MD―TESEで採取した 精巣内精子は、精巣上体精子と比べて数が少なく動きも弱く、凍結にも弱いために妊孕率が低く、1回あたりの妊娠率が悪いと、統計上わかっています。
ですから可能な限り、精巣上体から精子を採取する方法が一番理に適っているのです。
ではなぜ、精巣を切る方法を取るケースが多いのか。
理由として考えられるのは、泌尿器科では顕微授精をしないため、針を使用できないからという意見もあります。
院内で針を製造できなくても購入するという選択がありますが、そうしないのはさらに理由があり、「精巣上体精子
よりも精巣内精子のほうが優れている」「精巣上体に溜まっている古い精子は遺伝子異常を起こしやすい」という泌尿器科の見解があるためです。
ただし、精巣上体に長期間溜まっ ている精子の中の、特に弱っているものは精巣内精子と比較すると発生率が高くはなるかもしれませんが、わざわざ動きの悪い精子を選ぶようなことはありません。
元気に運動している形態正常な精子を使います。
溜まっている精子は黄色に変色していて、目で見て簡単に確認できるため、それを使うことはありません。
精子が常に製造されている精巣上 体から選りすぐりの精子を採取するので、この方法はむしろ優れているというのが私の見解です。
精巣を切らない 無精子症治療を
泌尿器科医はMD―TESEの手術に慣れていて、技術は確かに高いです。
しかし、私は本来、産婦人科が男性不妊の治療も行うべきだと考えています。
日本の産婦人科医は男性の不妊症の体に対しての治療の経験がほとんどなく、男性不妊の治療は泌尿器科にお願いするしかありません。
現在、産婦人科でありながら男性不妊の治療を行っている施設は少数ですが、私は開業当初から無精子症の治療にも取り組もうと、その準備として男性の体の仕組みや精子の動き、生殖のメカニズムなどをいろいろと学びました。
睾丸や精巣の上下、左右、血管の向きなどを知るため泌尿器科の先生に解剖を習ったことも。
そうして知識と経験を積むと、見 てわかる、刺せば採れることがわかり「、切らない治療」を確立しました。
MD―TESEで 10 回も精巣を切 り、睾丸がかなり小さくなっていた患者さんも、精巣上体で簡単に採取したという事実もあります。
「閉塞性無精子症は、精巣を切らずに精子を回収できる」。
このことを多くの方に知っていただきたいです。
MESA、PESAなら…
1.精巣を切らずに治療できる
2.質が高く、高濃度の精子を簡単に採取できる
3.健康的な男性の精子と同等であり、凍結に強い
4.妊娠の可能性が高い
※精管結紮:精管結紮切除術。パイプカットともいう。男性の避妊手術の一つで、精子を送る管である精管を結紮して切断する方法。
※顕微鏡下精巣内精子採取術(MD-TESE):顕微鏡で精巣全体を観察し、精子がいそうな場所を狙って組織をつまみ取り、精子を採取する方法。全身麻酔が必要で手術時間は1時間以上かかる。