【医師監修】塩谷 雅英 先生 島根医科大学卒業。卒業と同時に京都大学産婦人科に入局。体外受精 チームに所属し、不妊症治療の臨床に取り組みながら研究を継続する。 1994~2000 年、神戸市立中央市民病院に勤務し、顕微授精による 赤ちゃん誕生に貢献。2000 年 3月、不妊専門クリニック、英ウィメン ズクリニックを開院する。A 型・しし座。昨年の院内リニューアルで、関 西最大規模の施設として生まれ変わった同院。電子カルテの導入、各 種カウンセリングや2 階の統合医療センターの充実など、患者さんによ りよい医療を提供するための環境が次々に実現しています。
サクラさん(31歳)Q.主人が無精子症と診断され、精巣内精子回収術(TESE)を受けて、精子細胞 での治療を開始しました。精子細胞の質は最も精子に近いものだと聞いています。 体外受精を4回行い、すべて陰性。4回目の治療を受けて、もう一度 TESEが できないかと泌尿器科で診察を受けたところ、幼少期に摘出したと思っていた停 留睾丸が体内に残っており、がんになっていました。 昨年、抗がん剤治療を行っているので、現在ある細胞で治療を行うしかないと医 師からは言われています。他になにか方法がありますか? できれば関西の病院 で協力してくださる先生を探しています。
精子細胞への考え方
精巣内から採取した、精子の形成過程にある「精子細胞」を用いた顕微授精についてのご相談です。
塩谷先生 精子細胞を用いての治療ですが、いまだに賛否両論があります。
その理由は、精子細胞を用いた顕微授精の成功率が低く、さらなる安全性の確認も含めて研究が必要だからです。
当院では、精子細胞を用いての治療に対しては肯定的です。
しかし、現時点ではどの患者さんに対しても行えるという治療ではなく、非閉塞性無精子症の「MD̶ TESE(顕微鏡下精巣内精子採取術)」においては、「精子は回収できたが、運動精子が認められない場合に限って」のみ行うことが適当ではないかと考えています。
実際、精巣内に精子が見つからず、精子細胞だけ見つかるというケースや、精子は回収できたものの運動精子が認められないケースは非常に少ないため、当院では実際に精子細胞での治療をほとんど実施していません。
受精、分割まで進んだケースもありますが、妊娠例はありません。
抗がん治療後に見つかるケースも
現在、凍結保存している精子細胞で、顕微授精を続けることについてはいかがですか?
塩谷先生 治療に使用している精子細胞がより精子に近いものであれば、もう少し治療を続けてみる価値はあるかもしれません。
当院を含め、関西の不妊専門クリニックでは男性外来を設けているところが多く、専門的な相談に応じることができます。
一度ご相談されてはいかがでしょう。
また、抗がん剤の量や種類によっては、残っている右側の精巣に丈夫な精子がみつかる可能性や、もう一度TESEを行える可能性が皆無というわけではないと思います。
抗がん剤の使用をやめて1年後くらいに、また精子が見つかる方もいらっしゃいます。
今後は、iPS細胞の活用も…
他に何か可能性のある方法はありますか。
塩谷先生 近年、精子細胞を体外で培養して精子をつくり出すための研究が進んでいます。
また、昨年、京都大学の研究チームが、体のあらゆる組織に変化するiPS細胞から精子をつくり出し、卵子と体外受精させてマウスの子どもを誕生させることに世界で初めて成功しました。
この技術は、無精子症による不妊で悩む患者さんの治療に突破口が開かれることが期待されています。
将来的に、これらの技術が医療の現場に適用される可能性は大いにありますが、安全性の確認や、倫理的配慮など、まだまだ課題は残っておりますので、その臨床応用には何年も時間がかかると考えられます。