りんごさん(43歳)
次の移植で保険適用最後なので、10/1に採卵した卵が凍結できたら、今ある2つの胚盤胞を2個戻ししようか考えています。
理由は保険適用最後ということ、着床率が上がる可能性があること、通ってるクリニックでは今まで2個戻し不可だったのが、出来るようになり対象になっていること、などです。
ただ、2つの卵がくっついてしまう為、アシストハッチングが部分部分でしか出来ないため、そこが着床に影響する可能性はあると言われ、そこが気になっています。
夫は説明されたリスクを気にしていて今の時点では完全賛成ではありません(多胎や障害リスクが上がること、など)。
2個戻しのメリット、デメリットを教えていただきたいです。
そしてアシストハッチングについてのご意見お聞かせください。
今まで着床せず悩んできたので、確率が上がるなら2個戻ししたい気持ちです。最後の保険適用だからやってみたい気持ちもあります。
2人目妊活再開してから胚盤胞が出来なくなってきて、加齢を感じているし、あまり時間がない事も分かっています。
出来る限りの事をしたいし、妊娠の可能性があるならば今までやっていないことにチャレンジしたい気持ちもあります。
小川誠司先生に教えていただきました。
藤田医科大学 羽田クリニック 小川 誠司 先生
2004 年名古屋市立大学医学部卒業。2014 年慶應義塾大学病院産婦人科助教、2018 年荻窪病院・虹クリニック、2019 年那須赤十字病院産婦人科副部長、仙台ART クリニック副院長を経て2023年9月、藤田医科大学東京 先端医療研究センターの講師、2024年4月から准教授に就任。自費で最新の医療を受けられるという併設の羽田クリニックで患者さん一人ひとりの思いをかなえるべく診療も行っている。日本産科婦人科学会専門医。日本生殖医療学会専門医。
※お寄せいただいた質問への回答は、医師のご厚意によりお返事いただいているものです。また、質問者から寄せられた限りある情報の中でご回答いただいている為、実際のケースを完全に把握できておりません。従って、正確な回答が必要な場合は、実際の問診等が必要となることをご理解ください。
●2個戻しのメリットとデメリットを教えてください。
りんごさんのご年齢から考えますとこれまでの移植不成功の原因が、受精卵そのものの異常である可能性が非常に高いと考えられます。40歳以上で正常胚が得られる確率は、得られた胚盤胞の10~15%であり、確率から考えますと、現在の2個ある胚盤胞のうち、正常胚である可能性は1個あるかないかです。
したがって、2個移植することにより、保険の移植回数や費用を無駄にすることなく、正常な胚を移植できる確率が上がることが2個移植の最大のメリットです。
一方、デメリットとしては、確率は高くはないですが、2個とも着床することによる双胎(双子)になるリスクがある点です。
●アシストハッチングが着床に与える影響について教えてください。
アシステッドハッチング(Assisted Hatching)とは、受精卵を子宮に戻す前に、胚を包んでいる透明帯と呼ばれる膜に人工的な穴を開け、孵化(ハッチング)しやすくする方法です。
高齢の方の受精卵や、凍結することにより固くなった透明帯に穴をあけ、孵化しやすくすることで着床率が向上する可能性があると言われています。ただ一言でアシステッドハッチングと言っても、完全に透明帯を除去する、透明帯の半周に穴を開ける、透明帯の全周を1/3の厚さに削るなど、クリニックによって実際に行われているハッチングの手法は異なります。
どの方法が最も効果的かという見解は得られていません。2個移植のアシステッドハッチングで胚がくっついてしまうことを懸念されているようですが、透明帯完全開口ではなく、一部に穴を開けるだけでも効果は十分に期待できると思います。

●多胎や障害リスクについて、詳しく説明してください。
多胎により切迫早産や、実際に早産になるリスクがあり、また分娩様式は帝王切開になることが最近では一般的です。早産になった場合、低出生体重児として生まれる場合が多く、生まれた週数にもよりますが、呼吸のサポートが必要になったり、場合によっては神経発達障害が残ったりする場合があります。ただ現在の日本の周産期レベルでは28週以降に生まれた場合、90%以上の赤ちゃんが後遺症なく発育されています。
●年齢に伴う胚盤胞質低下について、どのような対策が可能か教えてください。
加齢に伴う卵巣機能の低下や卵子の質の低下は、りんごさんに限らず、不妊治療を行なっている多くの方の最も大きな課題といえます。低下した卵巣機能、卵子の質をもとに戻すことは容易ではありませんが、近年では、PRP(多血小板血漿)などの再生医療が不妊治療の分野でも応用されるようになってきました。PRPとは、血液中の血小板から多くの成長因子を抽出・活性化させたもので、本来私たちの体に備わっている治癒力や再生力を高めることを目的とした治療です。卵巣にPRPを投与することで、採卵数の増加や、移植可能な胚の数が増えたという報告があります。また、PRPにより体外受精で得られた胚の染色体正常率が上昇したという研究結果もあり、卵子の数だけでなく質の改善にもつながる可能性が示唆されています。さらに最近では、ご自身の脂肪や月経血に由来する間葉系幹細胞を卵巣に投与するという、より先進的な再生医療も不妊治療に応用されつつあります。
また、メラトニンやDHEA(Dehydroepiandrosterone)、PQQなど卵巣機能改善に良いとするサプリメントの摂取や、十分な睡眠をとる、食生活の見直しも大切だと思います。
●保険適用の最後のチャンスに対するアドバイスをお願いします。
お二人目の妊娠ということで、完全な着床障害ということはないかもしれませんが、お一人目の妊娠出産時と比較して、年齢や子宮の状況も異なります。もしまだ着床不全の検査をされていないようであれば、子宮内を確認する子宮鏡検査、自己抗体や凝固因子検査、甲状腺ホルモンや慢性子宮内膜炎検査、「着床の窓」を調べるERA検査、子宮内細菌叢を調べるEMMA/ALICE、免疫検査(Th1/2比)などの着床不全検査を一通り実施されてから次の移植に臨まれることをお勧めします。
できる限りのことをして移植に臨まれたいというりんごさんのお気持ちは非常によくわかります。先に記載しましたようなできる検査を十分に行なった上で、2個移植されることをお勧めします。