陽性判定の喜びから一転、思いもよらぬ“命懸け”の日々

受精卵から見守り続けたからこそ、愛おしさは増すばかりです。
「子どもができにくいかもしれません」と医師から告げられて開始した不妊治療。
期間こそ短かったものの、精神的にも身体的にも大きな不調をきたし、入退院を繰り返したYさんは、まさに“命を懸けて”出産に挑みました。

不安要素を共有し、二人で始めた不妊治療

のんびりマイペースな性格のYさん(35歳)と、気遣い上手なご主人のTさん(37歳)は、約2年の交際を経て2022年5月に結婚。Yさんには持病や障害があるそうなのですが、交際中に新たな病気が発覚した時に「もし余命宣告されても僕はそばにいる」と言ってくれたTさんを心から「手放してはいけない」と思ったそう。
もともと生理不順の心配もあったYさんは、婦人科系疾患に対して繰り返された手術による臓器癒着があり、卵の数が少ないことも判明。かかりつけの産婦人科医に「子どもが欲しいなら早めに不妊治療を」とすすめられ、結婚から2カ月目には専門医のもとで治療を開始しました。
「お互いに強く希望していたわけでもなかったから、夫婦二人で仲良く暮らせればいいと思っていました」と語るYさん。「でも、結婚を機に、子どもがいたら……と考えるようになり、周りから妊娠報告を聞くことが増えたことで、子どものいる人生を意識するようになりました。子どもができにくいと言われたことも、その思いが加速したきっかけの一つです」。
Tさんも「不妊の可能性は想定内だったので、治療をすんなり受け入れられたと同時に、希望がゼロじゃないなら、やれることはやってみたい」と前向きな気持ちに。〝質の良い〟クリニックを選びたかった二人はインターネットで実績や人気のあるクリニックを1カ月かけて調べ、通院に車で2時間弱かかるもののようやく「ここなら」と思える不妊治療専門医を見つけることができました。

頭では理解していても心が揺らぐ治療の日々

専門医のもとで始まった不妊治療でしたが、臓器癒着や婦人科系の病気など可能性として考えられることはいくつかあっても、明確な原因は不明なまま。タイミング法を一度だけ試しましたが結果は出ず、「段階を踏むよりも、少しでも可能性が高い治療」を希望し、顕微授精にステップアップしました。
しかし、1回目の顕微授精の結果は化学流産。通院に付き添ったTさんは、「残念な思いと、次回頑張ろうという前向きな気持ちがありつつも妻の気持ちが心配だった」、Yさんは「すごくショックだったけど、主人がずっとそばで寄り添ってくれて……」とその時を振り返ってくれました。
その後も治療を頑張っていたYさんでしたが、年齢的に早く妊娠したい気持ちばかりが強くなって、落ち込んだり泣いてしまうことも。「大丈夫だよ」と、先の見えない不妊治療の不安を取り除こうとしてくれたTさんの思いに励まされながらも、自分ばかりがクリニックに足を運ばなければいけない不妊治療の現実に不満が出てくることもあったそう。
「頭では理解していたつもりでも、二人で始めた不妊治療なのに……と、気持ちの浮き沈みはどんどん激しくなっていきました」
そんなYさんの気持ちを汲み、できるだけ仕事を調整して通院に付き添ってくれていたTさん。Yさんの気持ちが落ち込んでいる時には二人でお寿司を食べに行ったり、映画や夜のドライブに連れ出したり。治療の話はせず、夫婦二人の時間をゆっくりと過ごすよう心がけていたそうです。
Yさんはスーパーフレックス勤務の事務職で、仕事と治療を両立できたことも大きな救いに。
「上司には不妊治療を受けていることを明かしていて、一緒に仕事をしているスタッフの一人も自身の不妊治療の経験談を聞かせてくれたり応援してくれました。理解のある職場で本当にありがたかったです」

嬉しい陽性判定から一転、ハイリスク妊婦と診断されて

2回目の顕微授精のあと、自宅で妊娠検査薬を試した時に陽性反応が出たYさんに、「まだわからないから」と冷静になるようにうながしたTさん。主治医の診断で妊娠が確定し、ようやく喜びを噛み締めることができました。
ところが、重症妊娠悪阻でハイリスク妊婦と診断されて帯状疱疹などのトラブルで入退院を繰り返し、一時は食べることも飲むこともできなくなってしまいました。精神的にもつらくなり、精神科にも入院。高血圧腎症を患い管理入院となるなど、出産までの道のりはまたしても不安と苦痛の日々を送ることになります。
「入院の際には、夫と母が毎日付き添いに来てくれました。赤ちゃんには問題なかったのですが、赤ちゃんがいることで母体への負担が心配されて……」
長くもっても36週での出産になると言われていましたが、それより早い34週4日で起きた陣痛。そして迎えた翌日、まさに“命懸け”で心待ちにしていた娘を帝王切開で無事に出産することができました。

どんなに苦しい経験でも、「必ず意味がある」と信じて

「明るく素直で優しい子に育ってほしいと願っています。そして、将来を考えるうえでの選択肢を広げられるように、いろんなことを経験させてあげたいですね」
治療の日々を送るなかで、自分自身がこんなにも子どもが欲しかったのかと再確認したYさん。自然妊娠とは違い、不妊治療を経験したことで受精卵の頃から我が子を見守ることができたからこそ「より一層、愛おしく思います」と語ってくれました。
多くの患者さんが感じているように、「先の見えない真っ暗なトンネルを進んでいるような気持ち」になる不妊治療。心も体も、そして経済的にもつらい経験が避けられないのも事実です。
「それでも、やってきたことには必ず意味がある、と思っています。皆さんも自分への思いやりと相手への感謝を忘れず、今日までの自分を褒めて、信じて、進んでいただけたらと思っています」

>全記事、不妊治療専門医による医師監修

全記事、不妊治療専門医による医師監修

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