不妊治療のPGT-Aについて

「胚移植をくりかえしても妊娠しない……」「妊娠はするけれど流産してしまう」。そんな経験をすると、妊娠・出産できるか不安になりますよね。そういった方々に対する技術が、PGT-A(着床前遺伝学的検査)です。
どういった検査か、誰でも受けられるものなのかなどを、東邦大学医学部産科婦人科学講座教授の片桐由起子先生にお伺いしてみました。

東邦大学医療センター大森病院 片桐由起子 先生
産婦人科医。生殖医療領域が専門。1992年より産婦人科医師として診療に携わり、2001~2005年米国コーネル大学Center for Reproduction and Infertilityに留学。 不妊治療、がん・生殖医療、加齢等による妊娠機能の低下を懸念する場合に行う卵子凍結等、生殖医療に広く携わり、日本生殖医学会・日本受精着床学会・日本卵子学会・日本生殖内分泌学会・日本がん・生殖医療学会等の理事として学会運営にも従事。 現在は東邦大学医学部産科婦人科学講座教授、東邦大学医療センター大森病院リプロダクションセンター(婦人科)診療責任者。また、女性医師支援やダイバーシティにも力を入れ、 東邦大学ダイバーシティ推進センター長も務めた。

PGTとは子宮に戻す前に受精卵を調べる検査で、検査目的によって3種類にわかれる

PGTとは着床前遺伝学的検査といって受精卵を子宮に戻す前にその遺伝学的情報を調べる検査です。PGTには3種類あり、PGT-Aのほか、PGT-SRとPGT-Mがあります。
まずPGT-Mというのは、とある遺伝子などに原因があって特定の病気を引き起こすことがわかっている遺伝情報を持っているご夫婦を対象にした検査になります。受精卵を検査し、次世代(これから生まれてくるであろう赤ちゃん)に病気を引き起こす遺伝情報が受精卵に引き継がれているか調べます。赤ちゃんの親にあたる方がその特定の病気を発症している場合もありますが、発症していないが遺伝情報を持っているケースもあります。
PGT-SRは、親の染色体構造変化や構造変化を原因とした染色体の数の変化を持つ受精卵かどうかを調べる検査です。染色体構造変化を持つ受精卵の場合、着床しても育たない、出産にいたったとしても重篤な合併症を持った赤ちゃんが生まれるというケースがみられます。そういった遺伝情報を、受精卵が引き継ぐ可能性がある方を対象に、受精卵を移植する前に染色体を調べることで、赤ちゃんに病気が伝わることを避けることができます。
PGT-Aは、上記2つのように夫婦に次世代に引き継ぐ特定の遺伝情報はないけれど、偶発的に引き起こされる染色体の数の異常を調べる検査になります。染色体の数の変化がある受精卵を移植した場合、着床しない、着床しても流産や死産をしてしまうということになります。そのため、あらかじめPGT-Aをすることで、出産にいたらない受精卵の移植を回避することを目的として行っています。

PGT-Aは胚移植を2回しても妊娠が成立しない方あるいは、流産を2回以上くり返した方が対象

いずれの検査も希望すれば誰でもできるわけではありません。先述しましたが、PGT-Mは、特定の病気につながる遺伝情報を持つご家族が対象です。PGT-SRも同様に、染色体の構造変化を持つ方が対象となります。自分たちがそういった遺伝情報を持っていると知らず、一人目を出産し、その子の経過から検査を受けてわかるというケースもあります。
3つの中で一番検査を受ける方が多いPGT-Aも、誰でも検査を受けられる物ではありません。胚移植を2回しても妊娠が成立しない方、あるいは、流産を2回以上くり返した方が対象です。

そもそも私たちの細胞には46本の染色体があります。本来、1本が父親から、1本が母親から来て、2本で1対になっています。その対が23本あるので、全46本ということになります。ただ、それが22本と23本で45本と本来よりも1本少ないとか、23本と24本で本来よりも1本多いという変化が起こる場合があります。
そういった異常が起こるタイミングは、精子ができるとき、卵子ができるとき、精子と卵子に異常はないが、それらが受精したとき以降にできるという3パターンあります。ただ一番起こりうるのが、卵子ができるときになります。そういった染色体本数の変化が生じた卵子が受精に使われると、染色体異常となり、なかなか着床しない、妊娠しても流産してしまうことになります。この染色体異常の卵子の割合は、女性が加齢するにともなって増加します。

PGT-Aは胚移植を繰り返しているにもかかわらず、妊娠に至らない方には効果が期待される検査

前でも述べたようにPGT-Aは染色体の異常を知ることができる検査になるため、受精卵の染色体の数の異常によって着床しない、妊娠継続しないという方にとっては、期待される検査といえます。

PGT-Aをすることが目的になると、治療が長引くリスクもあり

ただ、懸念点もあります。PGT-Aをするには、検査に供する受精卵が必要になりますが、受精してから5日間くらい発育したものが検査の対象となります。確率としては、20個採卵できた場合、検査できる胚盤胞という時期までいくのは7個程度になります。そのため、もともと採卵数が少ない方の場合、検査できる受精卵を得るのが難しくなってきます。すなわち検査を受けたくても受けられない状況になることもあります。また、高年齢などの理由により、PGT-Aをおこなっても、染色体の数が正常な受精卵が1つもなくて、結果として子宮に戻す胚がない場合も生じます。

PGT-Aの検査をせずにくりかえし採卵、移植を行って妊娠する方が早いか、検査に出せる受精卵ができるまでくりかえし採卵、受精操作を行い、ようやく検査に出せる受精卵ができたとして、検査結果が正常であればそのまま移植できますが、検査の結果、異常だった場合、また採卵からやることになるため、検査をしないケースよりも時間がかかってしまうリスクはあります。特に40代以上の場合、妊娠できる期間が20~30代に比べて少ないということをふまえ、検査を受けるかどうかを検討することが大切です。

さらに、PGT-Aは先進医療ではないため、保険診療と組み合わせることができません。PGT-Aをする場合は採卵からすべて自費診療となるため、経済的負担も大きくなります。

例えば、卵子が育っても1~2個という予測の場合は、移植可能胚を得ることは難しいですが、7~8個ぐらい発育しそうな場合は、PGT-Aをすることで赤ちゃんにつながらない受精卵を移植しない分、時間を有効に使える可能性は高くなります。

そのため当院では、PGT-A検査を行った場合の良い点、懸念点をすべてお話した上で、患者さんが望む治療法を一緒に考えるようにしています。

PGT-Aは今後、保険適用になるか違う形になるか精査している段階

先にも述べましたが、今、PGT-Aをする場合、原則として自費診療となります。そのため検査を受ける場合は患者さんの経済的負担が大きくなります。ただ、保険適用になると、みなさんがお支払いする健康保険料によって支えられることになるので、本当に検査を必要とする方がどんな方たちなのかを精査していくことが重要になります。そのために今、データや研究が進められている段階です。これもなんとも言えませんが、もしかしたら保険適用という形ではなく、助成金という形でのサポートが合っているのかもしれません。そういったことも含めて、現在、検討されている段階といえます。

検査や治療を先送ることなく妊娠できる社会を作ることも課題

妊娠時期を先送るほど、妊娠率は低下し、妊娠中の合併症率が高くなります。そこで、これは個人的な意見ですが、妊娠・出産時期や、そのために必要な検査や治療のための通院が、先送られることなくもう少し早いライフステージで妊娠を考えらえるような社会になっていったらいいなと考えています。たとえば今、35~36歳で不妊治療されている方でも20歳代であれば治療せずに妊娠できた可能性は高かったことが予想されます。不妊の原因は男女半々ということをふまえ、仮に男性側に原因があった場合でも20歳代でICSI(顕微授精)をしたときの妊娠率と、40歳代での妊娠率を比較した場合、20歳代の方が妊娠できる可能性が高いといえます。若いうちから妊娠、出産を考えられるような社会のしくみや働きかけをしていくことが重要だと考えています。やはり高齢の場合、出産できたとしてもそこから子育てがスタートします。育児はやりがいはありますが、同時に体力的にも精神的にも大変なものです。そういったことも総合的に考えて妊娠、出産を考えられるよう、社会や環境が整っていくのが望ましいですね。

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全記事、不妊治療専門医による医師監修

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