良いグレードの胚を移植したのに妊娠に至らない場合、「この先、どうやって治療したらいいの?」と不安になることもあるでしょう。こういったケースのとき、どんな治療法があるかを藤田医科大学羽田クリニックの小川誠司先生に教えていただきました。
2004 年名古屋市立大学医学部卒業。2014 年慶應義塾大学病院産婦人科助教、2018 年荻窪病院・虹クリニック、2019 年那須赤十字病院産婦人科副部長、仙台ART クリニック副院長を経て2023年9月、藤田医科大学東京 先端医療研究センターの講師に就任。自費で最新の医療を受けられるという併設の羽田クリニックで患者さん一人ひとりの思いをかなえるべく診療も行っている。日本産科婦人科学会専門医。日本生殖医療学会専門医。
良好胚を複数回移植しても着床に至らない方には、これまでどんな治療をしていましたか。
良い胚を2~3回戻しても着床しないと、着床不全を疑います。その場合、一般的に原因を調べる検査を行います。たとえば慢性子宮内膜炎がないか、着床の窓(子宮内膜が着床可能なタイミング)がずれていないか、胚を受け入れる免疫などの異常がないかを調べ、原因が分かった場合は治療をしてから移植します。
ただ、調べても原因がわからない場合もあります。そういった方には子宮内膜にわざと傷をつけ、着床を促進させる物質を分泌させる子宮内膜スクラッチ法や、予め自身の胚培養液を子宮に注入し、その後に胚盤胞を移植することで着床しやすくさせるSEET法、子宮内が着床しやすい環境になっているか菌の状態を調べる子宮内フローラ検査などを行い、着床しやすくなるようにしています。
しかし、やはり上記の方法でもなかなか着床しない患者さんもいらっしゃいますので、そういった方に適用したいと考えているのが、PRP療法です。
ではPRP療法とはどういうものなのでしょうか。
PRP療法はご自身の血液を使った治療法です。血液の中には血を止める役割を担う血小板という細胞があり、その中に胚や受精卵の着床を促進させる因子が含まれています。そこで、血液を採取。その中から血小板を多く含んだ成分を抽出して子宮に注入することで、子宮内膜が厚くなったり、着床しやくすなったりするというものです。
子宮内膜がなかなか厚くならない方や高齢の方、着床不全の検査などをしても着床しない原因がわからない方におすすめしたい治療法です。
ただ、どこのクリニックでも出来る治療法ではありません。PRP療法は再生医療にあたるため、当院をはじめ、厚生労働省から認可された施設でのみ作り、注入することができます。
実際にPRP療法を受ける場合の治療手順を教えていただけますか。
当院の手順を例にあげて解説します。
まず当院で60mlの血液を採取します。それを一般的には1回遠心させますが、当院の方法ははそれを2回遠心させて、より濃い血小板を抽出。その一部を3週間培養し、常在菌などに感染していないかの確認を念入りに行います。
それを移植周期に2回注入します。タイミングとしては、生理が終わった後と、その1~2日後に注入し、移植という流れになります。PRPの調整方法はいくつか存在しますが、当院ではより効率的に濃縮したPRPを使用することにより最大限の効果を期待できる点が特長です。
PRP療法のメリット・デメリットを教えてください。また、治療成績はいかがでしょうか?
メリットは、ご自身の血液から抽出したものを注入するため、拒否反応が少ない点です。また薬による副作用などもありません。また、個人差がありますが、移植の時のようなカテーテルで注入するためほとんど痛みがないのも特長です。
ただ、PRP療法は自費診療にあたるため、治療費が高いという点がデメリットになります。
治療成績ですが、子宮への注入については、かなり成績が良いと感じています。私の感触としては何をやっても内膜が厚くならず妊娠に至らなかった方のうち、PRP療法によって妊娠した方は半分くらいいらっしゃると思います。
最近では、PRP療法の卵巣注入が実施されているとお聞きますが、これはどのような患者さんに実施される治療になりますか?
卵巣機能の低下した方や卵巣が委縮してしまっている方に、PRP療法を行う医療施設が増えつつあります。
方法は子宮と同じで、抽出したPRPを卵巣に注入します。
PRP療法をすることで「1個しか採卵できなかった方が2~3個採卵できるようになった」「FSHの値が改善された」という効果は期待できると思います。
ただ、PRPの卵巣注入については、まだやられ始めたばかりで症例数も多くないため、しばらくは検証が必要になります。
PRP療法をはじめ、いろいろな治療法が出てきました。今後、不妊治療ではどのような治療が行われるようになっていくでしょうか。
個人差はありますが、PRP療法は効果の期待できる治療法なので、今後、子宮へのPRP療法はスタンダードになっていくと思います。卵巣へのPRP療法についても徐々に症例数は増えており、今後の効果が期待されます。
私が次の手として考えているのが、幹細胞そのものを使用する再生医療です。PRPは「因子」だけを入れるため、子宮内腔癒着後で内膜が厚くならない方の内膜を厚くしたり、卵巣機能不全で生理が止まっているような方を採卵できるようになるまで回復させたりするには限界がありました。幹細胞はいろいろな組織の元になる細胞で、もともと私たちの体の中にある脂肪や歯牙、月経血の中などにも存在しています。なかでも私は非侵襲的に回収できる月経血に注目しており、そこから幹細胞を抽出して子宮や卵巣などに注入することで、PRP療法では難しかった方でもより効果が期待できるのではないかと考えています。
これからはこういった技術に加えて、サプリメントなどを活用して体質改善することで包括的に不妊治療を行っていくことが、患者さんの「子どもが欲しい」という希望を実現させるうえで大切だと思っています。