子育てをしたい人がいる、子育てが難しい人もいる。
里親制度は、“子どもの幸せ”のためのもの。 それでも、里親にも“育てる喜び”がある。
お互いを思いやる気持ちは、親心も育ててくれる。
「産まなくても、子育てはできる!」 そう気づいたTさんは、養育家庭の里親に。
子どもを育てる毎日には、新たな発見も多く 日々の暮らしに彩りが加わったとも。
実の子ではないけれど、 “育てる”と決めた日
Tさん( 49 歳)と同じ歳のご 主人とのご夫婦が、Pちゃんと 暮らし始めてから4年の歳月が 経ちました。
当時2歳だったP ちゃんも、今春には小学1年 生。
ランドセルも用意し、ひら がなやカタカナも書けるように なり、漢字にも興味をもち始め ました。
一緒に過ごす日々、思 い出が増えるごとに家族の絆が 深まっていくのは、どの家庭も 同じ。
Tさんご夫婦とPちゃん も、誰の目からも、仲の良い普 通の親子にしか見えません。
「乳児院には今でも折を見て訪れています。
乳児院は彼女の ルーツであり、乳児院の皆さ んに大切に育てていただいた ことも覚えていてもらいたい です。
2歳でうちに来たこと、 産んでくれたお母さんがいる こと、真実告知の絵本もあり、 折に触れ読んでいます。
まだ 幼稚園年長ですが、いろいろ と“何か”を感じている様子 です。
今後も彼女の状況や年 齢に合わせて伝えていこうと 思います」と T さん。
「いっぱいいっぱい愛して、 いっぱいいっぱい楽しもう」と 決めた日から、4年。
真実と真 摯に向き合いながらも、 P ちゃ んとともに毎日を楽しく過ごしています。
“育ての親”も親は親。 子を愛する気持ちは同じ
Tさんがご結婚されたのは 36 歳の時。共通の友人を介して出 逢い、2年の交際期間を経て結 ばれました。
当時Tさんのお仕 事は保育士で、日々忙しく、子 づくりには積極的にはなれませ んでした。
その後クラス担任ではなく、 フリー保育士としてのシフト になり、子どものことを考え るように。
でも、この時すで にTさんは 39 歳。産婦人科に 通い、治療に専念するため職場を退職し、不妊治療専門の クリニックに 4 年通いました が、赤ちゃんを授かることは ありませんでした。
まさに出口のないトンネルを さまよっていた時、「映画の試 写会のチケットがたまたま当た りました。
映画は、行き場のな い女の子を遠縁の若者が引き 取って育てるというストーリー で、鑑賞したその帰りの道すが ら、一緒に行った主人が、“血 がつながってない子どもを育て るのって、どう思う?”と言っ たのです。
主人は私が治療のた びに落ち込んでいる姿を見てい て、以前から考えていて“この タイミングだ”と私に話したのだそうです。
目からウロコでし た。“そうか、産まなくても、 子育てはできる!”と、そう気 づかされたのです。
その日の夜 中はずっと、インターネットで 検索し続けました」と、Tさん は振り返ります。
その日を境に不妊治療に まったく未練はなくなり、T さんの気持ちはすっかり“里 子”に向いていました。
家族 や友人にも相談しましたが、 反対する人は誰一人いません でした。
むしろ、「あなたらし いわ!」と、背中を押してく れたといいます。
子どもの“幸せ”が優先。 巣立ち、を手伝いたい
子どもを迎えるにあたって は、戸籍上も実子とできる特別 養子縁組と、単なる里親として 子どもを“預かる”養育家庭と、 東京都の制度では2つの入り口 があります。
児童相談所で研修を受ける前の段階で、どちらか を選択しなければなりません。
養育家庭を選んだ場合、2年 ごとの更新となります(※他道 府県では5年の場合も)。
もし もその間に、実親が心変わりし て再び子育てを望み、なおかつ 子育て可能な環境に改善された と児童相談所が判断した場合に は、預かっていた子どもは、実 親の元に帰ることになります。
里親制度は、あくまでも子ど もの幸せのためにある制度で、 里親の“親になりたい”との気 持ちを満たす制度ではない─。
それが原則で、「実の親元にお 返ししなくてはならない時がく るかもしれない」という事実が、 実際に起こり得るのです。
育て た子どもを手放さずに済む特別 養子縁組を希望する夫婦もいる なか、なぜTさんはあえて養育 家庭を選ばれたのでしょうか。
「保育士として、福祉の仕事に もかかわったことがあり、親の 事情で悲しい思いをする子ども たちも、つらい状況で子育てさ れているお母さん方も、多く目 にしてきました。
不妊治療の病 院の待合室で、何度となくテレ ビのワイドショーで虐待により 亡くなってしまった赤ちゃんの ニュースを見ては悲しく、切な い気持ちになってました。
保育 士として、小学生への巣立ちを お手伝いしてきましたが、これ からは、私たちの家庭から社会 へ巣立たせるお手伝いをしてい きたいと思っています」と、Tさんは言います。
“普通”であること、 その幸せを体感して!
「 P ちゃんは2歳でうちに来ま したが、紹介されたのは1歳10 カ月の時。
毎日のように乳 児院に通い、交流を深めまし た」
最初は怪訝な顔で T さん夫 妻を見ていたPちゃんも、や がて打ち解け、良好な関係に。
今では T さん夫妻との生活の なか、元気で明るく、ちょっ とおてんばな女の子に成長し ました。
年齢を重ねていくと 自然に「“なんで産んでくれ たママとは一緒にいられない の?
なんで今のお母さんは 私を迎えに来てくれたの?” と、質問してくることも。
し かし、自分のルーツについて 考えること、そしてそれを口 に出せることが今の P ちゃん にとっても大切なのです。
こ れから小学校で“生い立ちの 授業”や“ 1 / 2 成人式”で考 える機会もでてくると思いま すが、私たち夫婦や児童相談 所の職員の方々、先輩里親さ ん、幼稚園の先生方、乳児院 の皆さん… P ちゃんは、たく さんの目に見守られています。
もし彼女がとまどった時、迷っ た時には全力でサポートして あげたいと思っています」。
仲良くなるにつれて、変わっ たのはPちゃんだけではありませんでした。
「夫の変化にはビックリ!
こ んなに子煩悩とは思いません でしたし、 P ちゃんと一緒の 時のデレデレとした顔といっ たら(笑)。こんな顔するんだ、 とちょっと発見でした」とも。
Pちゃんが片づけ忘れた ビーズを掃除機で吸い込んで しまってカラカラと鳴り、「あ らあら」といいながら、掃除 をしながらもなんだか楽しく て笑ってしまいます。
遊園地 に行っても、Pちゃんの笑顔 を通してみる景色は、今まで 夫婦や友達と遊びに行った時 とはまったく違って見えたり、 と日常はより鮮やかに変化し ました。
「 P ちゃんと一緒にいるだけ で、可愛い、愛おしいという気 持ちが自然に湧いてきます。
今 は、たくさん愛してたくさん抱 きしめて、精いっぱいのことを してあげたいという気持ちで す。
この先に何があるかわから ないけれど、本当の親子でもい ろいろあると思います。
たとえ 困難が待ち受けていたとして も、子どもと暮らす日々の素晴 らしさを教えてくれたPちゃん に感謝しながら、毎日楽しく暮 らしていきたいです。
でも、最 近プチ反抗期なんですけどね (笑)」とTさん。
誰しもが受け入れられる事 例ではないかもしれませんが、 こうしてTさんは“お母さん” になりました。