整形外科や歯科、美容医療の分野でいち早く取り入れられ、身近になりつつある再生医療の一つ、PRP療法。最近は不妊治療の分野でも応用が進み、難治性の着床不全などへの効果が期待されています。くわしい治療について、なかむらレディースクリニックの中村嘉宏先生に教えていただきました。
ドクターズアドバイス
難治性の着床不全の次の一手となる治療法
整形外科や美容医療の分野でPRP療法の効果を目の当たりにし、4〜 5 年前から生殖医療への応用を検討していました。日本ではまだ症例の少ない治療法ですが、難治性の着床不全で悩まれている方の次の一手になると考えています。
子宮内膜の薄い人を含む難治性の着床不全に有効
PRP療法は、ご自身の血液の中から取り出した、豊富な成長因子を含むP R P( 多血小板血漿)を体内に注入し、ケガや傷んだ組織の修復を期待する再生医療の一つです。特に整形外科の分野では軟骨のすり減りなどによる関節の痛みや、スポーツによる外傷などへの治療に使われ、メジャーリーガーの大谷翔平選手が肘を故障した時に行った治療法としても知られています。
生殖医療の分野では、 P R P 療法により子宮腔内環境が改善され着床率が上昇することが報告されており、不妊治療の新しい選択肢として注目されています。当院ではまず、子宮内膜が厚くなりにくい方を治療の対象に考えています。一般的に胚移植に適した子宮内膜の厚さは7㎜以上とされています。
もともと子宮内膜が厚くなりにくい方、過去に流産処置を繰り返した方、子宮筋腫や子宮腺筋症に対する子宮動脈塞栓術などの治療歴がある方のなかには、子宮内膜を厚くする作用のあるエストロゲンを投与しても7㎜に達しない場合があります。また、内膜が十分厚くなる方でも、形態良好な受精卵を繰り返し移植しているのになかなか着床しない、難治性の着床障害の方も対象に考えております。
PRPの豊富な成長因子が子宮内膜を活性化
治療の流れは、当日に採取した約20㎖のご自身の血液を、特殊な試験管の中で不要な成分を取り除きPR Pだけを取り出します。その後、約0.5㎖のPRPを子宮内に注入すれば終了です。この時感染リスクを予防するために無菌操作で行います。治療のタイミングはホルモン補充周期に2回1セットで行われることがほとんどです。1回目はホルモン補充周期の10〜11日目、2回目は1回目の治療から 48時間後に同じ手順を繰り返します。
血小板から産生される、 P D G F(血小板由来成長因子)、 T G F (血管新生促進因子)などの成長因子は、子宮内膜環境の改善をうながすことが報告されています。これらの成長因子を多く含む P R P 投与は、子宮内膜における細胞増殖、血管新生を良好にサポートすることで、胚着床率や妊娠維持の改善に期待できるのではないか、と考えています。
子宮内膜が7㎜にならなかった場合、その周期をキャンセルして、次の周期からPRPを使った治療の選択も可能です。難治性の着床不全については、子宮以外にもさまざまな原因が隠れている場合があります。形態が良好な胚を2回移植しても着床しない場合に、まずは子宮内膜環境を調べるエンドメトリオ( Endome TRIO)検査などの着床不全に関する検査を行います。免疫学的な原因が疑われる場合、当院には母性内科を専門とする膠原病内科医の専門外来がありますので、対応可能です。これらの検査に異常がなくても着床しない場合、PRP療法が次の一手となる可能性があります。
自分の血液を使う 安全性が高い治療法
当院では 2 0 2 0 年夏からPR P療法をスタートしました。この治療は「再生医療等安全性確保法」という法律のもとで厚生労働省の認可を受け、安全管理体制が整った医療施設でのみ受けることができます。1回の治療時間は数分程度で体への負担が少なく、現時点で大きな副作用も報告されていません。ご自身の血液を使いますので、アレルギー反応等の心配が少なく、安全性の高い治療と考えられます。
一方で、 P R P 療法は健康保険が利かない自由診療であり、さまざまな成長因子を高濃度に濃縮させた P R P の作成には特殊な試験管が必要です。
不妊症領域での治療の歴史はまだ浅いですが、海外ではすでに数多くのPRP療法が行われています。たとえば台湾では早発卵巣不全(P OI)で排卵しなくなってしまった方の卵巣にPRPを注射して妊娠・出産に至ったという報告があります。さらに、胚を培養する培養液に PRPを添加することで、胚の成長を活性化させる可能性も考えられ、日本でも多くの研究が進んでいます。今後は子宮だけでなく、卵巣や胚への応用も広がり、有効な治療の一つになっていくと思います。