ドクターが語る最新トピックス 生殖補助医療最前線Vol.2
非閉塞性無精子症に 円形精子細胞を用いた 注目の新治療 !
日々新しい技術が生まれ、進化し続けている生殖医療。
今までは第三者から提供される精子を用いる方法しかなかった 非閉塞性無精子症ですが、画期的な治療法が発表されました。
生殖医療の現場に新たな歴史を刻む「円形精子細胞を用いた新治療」を、 セントマザー産婦人科医院の院長・田中温先生にお聞きします。
脚光を浴びたのち 封印された治療 脚光を浴びたのち 封印された治療
1993年、ハワイ大学医学部長の柳町隆造氏をはじめとする研究者らが、マウスの精子細胞(精子になる前の細胞)で受精できることを世界で初めて発見しました。
のちに、ノーベル生理学・医学賞を受賞したイギリスのロバート・エドワーズ氏も、精子細胞の治療は実現性が高いことを発表しています。
そして、2000年までに世界各国で精子細胞を用いた受精例が次々と発表され、精子がない人、いわゆる非閉塞性無精子症でも、精子細胞で受精できる可能性があるということで、一躍脚光を浴びました。
しかし、この方法には問題点があ りました。
受精はするが、無事に出産させることができなかった。
そのため、この治療法は2000年を境に世界中であまり行われなくなりました。
精子細胞は、5段階を経過して精 子になります(図1)。
精子になる一歩前の段階の細胞は丸い形をしており、これが「円形精子細胞」です。
そこで、この細胞を用いて出産まで導くことができないかと、この治療が行われなくなってからもずっと研究を続けてきました。
なぜなら、非閉塞性無精子症では円形精子細胞が 30〜 40 %程度の方に存在し、出産を可能にすることができるという確信があったからです。
不可能を可能にした 2つの理由
円形精子細胞を用いた新治療を可能にした理由は2つあります。
まずは、円形精子細胞をほぼ100%見極める方法を確立したこと。
精子の初期の細胞はすべて丸い形をしており、円形精子細胞を見た目では区別できません(写真1・2)。
もし円形精子細胞でない場合は、もちろん受精しないのですが、正確に見つける技術が今まではありませんでした。
もう1つは、円形精子細胞と卵子 活性化の関係に着目したことです。
受精は、精子内のタンパク質が卵子を刺激することで起こります。
しかし、円形精子細胞はタンパク質の量が足りないため、途中までは進んでも最終的には失敗する。
最初は円形精子細胞を精子まで育てようと考え、1年以上、毎日実験を重ねましたが、精子まで成長したのはごくわずか。
その時点で治療として成り立たないことが明らかとなりました。
次に、円形精子細胞を直接、卵子と受精させる方法も試しましたが、やはりうまくいかない。
結局、円形精子細胞では胚発生に必要な活性を促すことができなかったのです。
円形精子細胞を育てることも直接 使うことも実用性がない。
それなら、卵子側を活性化させればいいのではないか。この発想の転換が、功を奏しました。
卵子活性化の不足分を補うべく、さまざまな化学物質、電気刺激などを試し、その結果、電気刺激が最も有効だと確認しました。
電気刺激によって卵子を十分に活性化させてから円形精子細胞を入れると、精子が卵子と受精した時と同じ状態になるのです。
この条件を見つけたことが大きな勝算となり、2011年から今日までに、 80 人の子どもが生まれ無事に育っています。
この円形精子細胞を用いる治療を 正式に学会に認めてもらうため、有用性が実証できた1995年、当時の日本不妊学会(現在は日本生殖医学会)に最初の申請をしました。
そして、2年後の 97 年に再度申請をしましたが、2回とも「時期尚早である、欧米では妊娠率が低くて行われていない」という理由で却下。
当院の倫理委員会も「学会がダメというものは認められない」と。
それでも研究を続け、最終的に倫理委員会が認めてくれた理由は、次のような説明をしたからでした。
「無精子症の方は100人に1人で、そのうち8割は治療法がない非閉塞性無精子症です。
MD―TESEで睾丸を切って精子を採取しても、出産につながる精子が採れる人は 10 %ほど。
残りの人は、今の段階では子どもを持つことは絶対に無理で〝絶対不妊〞と診断されます。
そこで、子どもを諦めるか、第三 者の精子提供によるAIDの二択となり、ほとんどの方がAIDを希望されます。
しかし、AIDには妊娠率の低さ、出自を知る権利などの倫理問題といった大きな課題があるのも事実です。
それにもかかわらず、ほかに選択肢がないのは本当に正しいのか。
かたや自分の遺伝子を持った細胞を使って、自分の子どもができる可能性がある治療です。
諸外国で行っていない、妊娠率が低い、だから認めない。本当にそれでいいのですか?」
後進への道すじ、 絶対不妊を救う治療を
厚生労働省の臨床研究における倫理指針は「将来的に臨床応用の可能性が非常に高いと思われている研究に対して、ガイドラインに沿って書類ないし当該施設の倫理委員会を通った場合のみ、登録番号を与える」というものです。
2011年にこれをいただいたということは、国のお墨付きということです。
そして、今年5月に同省で記者会見を開き、学会発表を経て「円形精子細胞を用いた顕微授精」はようやく治療として認められました。
出産率が非常に低いという理由 で行われなくなっていた研究を続け、今日、ようやく不妊治療の一つとして正式に認めてもらうまで、紆余曲折はありましたが、私がなぜそれを研究し続けられたか。
それは、AIDにおけるさまざまな問題点が指摘されているなかで、この治療は自分の遺伝子を持つ細胞で自分の子どもを望むことができる、非閉塞性無精子症の方、精子がない方を救える方法であると確信していたからです。
これを認めてもらわなければ、次の世代の研究者や医師は何もできないし、続かない。
将来的にも可能性のあるこの分野を研究したいという人はたくさんいます。
後進のために次なる新たな道を拓くことも役割だと思っています。
今回、円形精子細胞を用いた顕 微授精が正式に認められたことで、非閉塞性無精子症をはじめとする〝絶対不妊〞の患者さんも治療の選択肢が増えました。
将来さらに研究が進むことも期待できるでしょう。
1組でも多くの絶対不妊に悩むご夫婦が、自分の遺伝子を持った細胞で自分の子どもを授かることを私も望んでいます。
※非閉塞精無精子症:脳下垂体や視床下部の障害による性腺刺激ホルモンの低下、抗がん剤などの薬剤やおたふくかぜによる精巣の機能障害、染色体異常などにより、精巣で精子をつくれない状態。
※MD-TESE:顕微鏡下精巣内精子採取術。非閉塞性無精子症の場合に、精巣内から精子を採取する方法。麻酔をし、顕微鏡で精子がいそうな部位を探して採取する。
※AID:非配偶者間人工授精。対象者の状況や精子提 供者、実施施設などにさまざまな適用条件がある。