高度の男性不妊でご主人が泌尿器科に通院中。 漢方やクロミフェンなどの薬を処方され、 よくわからないまま飲んでいるけど大丈夫? 英ウィメンズクリニックの塩谷先生に伺いました。
【医師監修】塩谷 雅英 先生 島根医科大学卒業。卒業と同時に京都大学産婦人科に入局。体外受精チーム に所属し、不妊症治療の臨床に取り組みながら研究を継続する。1994~ 2000 年、神戸市立中央市民病院に勤務し、顕微授精による赤ちゃん誕生に 貢献。2000 年 3月、不妊専門クリニック、英ウィメンズクリニックを開院する。 A 型・しし座。同院での男性不妊患者にとっての朗報は、5月から院内でMDTESEの手術が行えるようになったこと。「今までは提携先の病院で手術を行 っていたためご不便をおかけしましたが、これからは安心して受診してください」。 泌尿器科専門医による男性不妊外来も週3 回開設している。
目次
ドクターアドバイス
◎ クロミフェンの効果は限定的
◎ 精巣内の精子を用いる顕微授精が好成績に
◎ TESEの手術を受けるならMD-TESEに
チューリップさん(33歳) Q.精液検査で精子が1個だけ見つかりましたが、不 動精子のため使用できていません。採血検査の 結果、FSHが少し高いので、非閉塞性無精子 症の可能性もあるが TESEをしてみては……と すすめられています。 それとクロミフェンを処方されましたが、これは 飲んだほうがいいのでしょうか? これを飲むと FSHが上がるという説明を受けましたが、FSH は高くなってはいけないのではないでしょうか?
これまでの治療データ
■ 不妊の原因となる病名
高度乏精子症
■ 現在の治療方針
クロミフェンの服用
■ 精子データ
精液検査で不動精子が1個見つかったのみ。
高度乏精子症
精液中の精子が1個で、不動精子ということです。
塩谷先生 射精された精液の中に精子がまったくゼロという方もいらっしゃいますが、チューリップさんのご主人はそうではないので、高度乏精子症という診断になります。
まず、このご夫婦が自然に妊娠する確率があるかというと、こういった状況で妊娠できるケースはきわめて稀です。
自然にはやはり難しい。
そこで顕微授精をすすめられていると思うのですが、射精された精液中に精子が1個で、さらに動いていないということですので、この精子を使った顕微授精の治療もきわめて成績の悪いものになるでしょう。
ですからチューリップさんの場合、精巣の中に健康で妊娠する力の強い、健常な精子が見つかる可能性があるTESEをすすめられていることは、非常によいアドバイスです。
当院でも多分同じようにお伝えすると思います。
無精子症とクロミフェン
クロミフェンは飲んだほうがよいと思われますか?
塩谷先生 クロミフェンは非閉塞性の無精子症、あるいは乏精子症に対して有効性があるので、処方することが多いです。
どのような作用のメカニズムかといいますと、クロミフェンは、視床下部や下垂体など脳の中枢に働きかけて、FSH(卵胞刺激ホルモン)の分泌を促します。
これが精巣に働きかけて、精子の造精機能を高めるのです。
ご主人の場合、すでに血中のFSHの値が十分高い可能性がありますので、もともと少し高い方にクロミフェンを投与しても、あまり効果は期待できないんですね。
もし、閉塞性で精巣の中で精子をつくる働きに何の支障もなければ、FSH値は正常なことが多いです。
そして、非閉塞性であれば、造精機能そのものに障害があるので、脳は精巣の機能の低下を感じて、精子をつくるホルモンを一生懸命出そうとするわけですね。
クロミフェンの投与が有効かどうかですが、結論を言えば、非常に効果があって、精子が増えて自然に妊娠することができる、あるいは射精された精子で顕微授精できる程度にまで改善するという可能性は大きくありません。
むしろ小さいといえるでしょう。
担当の先生がTESEをすすめていらっしゃるという状況もあるので、早めに思いきって手術を受けられるのがいいのではと思います。
そして、受けるなら間違いなくMD―TESEがいいですね。
TESEとMD-TESE
どういう理由からですか?
塩谷先生 TESEには2通りあって、普通のTESEと、顕微鏡で精子のいそうなところを探して採取するMD―TESEがあります。
特に造精機能に問題のない閉塞性の無精子症や乏精子症の方は、睾丸内のどこを採っても比較的よい精子が多く採れます。
ところが、非閉塞性の場合は、精子をつくっている組織とつくっていない組織がまばらに存在している。
ですから、MD―TESEなら、精子をつくっていそうなところをピンポイントで狙うことができ、顕微授精の成績が全然違ってきます。
非閉塞性の患者さんにはMD―TESEというのが、今や常識になりつつありますね。
MD-TESEのメリット
不動精子であっても、精巣内に精子があることがわかり、精子を取り出すことができるなら、より確かな方法がいいということですね。
塩谷先生 そうです。
このご相談からもう少しだけ話を広げると、チューリップさんのご主人ほどではないけれど、乏精子症の方というの
はたくさんいらっしゃいます。
はたくさんいらっしゃいます。
不妊治療専門クリニックである当院では、1 mL あたりの精子数が4000万個以下では治療が厳しい、乏精子症と考えています。
射精された精液の中に、精子が数百万〜数十万個/ mL というレベルの乏精子症の方は、通常であれば、射精された精液を使って、かなり普通に顕微授精を行います。
ところが、思ったような成果が上がらないことが多いんですね。
こういう方の中には、精子の中にあるDNAの遺伝情報が壊れて、健康な受精卵がつくれなくなっているケースがある。
それなら、睾丸の中の精子を取り出して使ったほうがいいのではないかという考え方があるのです。
乏精子症の精子は、経路が妨げられていてよどんでいるため、射精されて出てくるまでに時間がかかっているケースが考えられます。
射精された古い精子よりも、睾丸の中でつくられたばかりのフレッシュな精子を使ったほうが成果が上がるというわけです。
現在、男性不妊の学会などで成績が報告されて注目を集めています。
これは射精精子の中からの顕微授精でなかなかいい結果が出ない人にとっては大変朗報だと思います。