不育症の原因の一つである血液の凝固異常。 治療法の選択について、ファティリティクリニック東京の 小田原先生にご意見を伺いました。
【医師監修】小田原 靖 先生 東京慈恵会医科大学卒業、同大学院修了。1987年、オーストラリア・ ロイヤルウイメンズホスピタルに留学し、チーム医療などを学ぶ。東京 慈恵会医科大学産婦人科助手、スズキ病院科長を経て、1996 年恵比 寿に開院。AB 型・みずがめ座。”夏男”の小田原先生。暑さにもひる まず、時間をつくっては波乗りに。本格的な夏になる前からすでにお肌 はこんがりと小麦色に焼けていました!
口ひげさん(会社員・26歳)からの投稿 Q.これまでに流産を2回、化学流産を1回経験。 不妊症の専門クリニックで検査したところ、 第12因子(第Ⅻ因子)というものが46%しかないことが判明しました。 病院から「アスピリンだけでも治療は可能だけど、ヘパリン(自己注射)も 併用したほうが出産率は確実に上がるよ」と言われ、悩んでいます。 内服のほかに自己注射も……だと費用もそれなりにしますし、 お腹の赤ちゃんに影響があるのではと、副作用の不安も感じています。
不育症、第12因子
口ひげさんは流産を2回されていますが、このような場合はやはり不育症が疑われるのでしょうか。
小田原先生 そうですね。
2回以上くり返す場合は、流産を引き起こす何らかの因子を持っている可能性がありますので、不育症の検査を受けたほうがいいと思います。
検査を受けたところ、第 12 因子、というものに問題があったようですが……。
小田原先生 不育症の原因はいくつかありますが、そのなかで最も多く見られるのが染色体異常なんですね。
流産の 65 ~ 70 %は胎児側の因子によるものと言われています。
血液凝固因子のうち第 12 因子は、血液の凝固に関わっているもので、これが足りなくなると血栓ができやすい状況になります(第 12 因子欠乏症)。
胎盤の血流は体のほかの部位と比べて流れが遅いので、血栓ができやすい。
全身にはそれほど危険な影響を及ぼさないレベルの血栓でも、胎盤の血管にできた場合、十分な栄養を赤ちゃんに届けることができなくなるため、流産という形で症状が現れるのです。
第 12 因子の正常値は、一般的には60 %以上とされているので、口ひげさんの 46 %という値は、やはり低いと考えていいと思います。
アスピリン、ヘパリン
治療法はアスピリンの内服が基本になりますか?
小田原先生 アスピリンは抗血液凝固作用がある薬で、これを低用量で連日内服することになると思います。
通常は小児用バファリンⓇを用いて、1日1回1錠(81 ㎎)を連日内服。第 12 因子は妊娠初期に関わってくるといわれているので、体外受精の場合は胚移植したところから、通常の妊娠であれば妊娠判定が陽性になったら飲み始めます。
ヘパリンも併用したほうが妊娠率は上がるのでしょうか。
小田原先生 実は、これはすごく難しい問題なんですね。
アスピリンだけよりヘパリンを併用したほうが治療効果があった、という報告は確かにありますし、ヘパリンには着床を促進する効果があるという論文もあります。
しかし、まだエビデンスが少なく、施設や医師によってその考え方に違いがあるのが現状です。
医師の経験によっても違う回答が出てくるのではないでしょうか。
第 12 因子だけではなく、ほかの抗体検査でも陽性になるものがいくつかあるということであれば、やはりヘパリン併用という選択肢もあるかもしれませんが、1つのデータをもってして絶対必要かどうかというのは、難しいところだと思います。
ヘパリンは現在、1日2回くらい自己注射で投与していくのが一般的だと思います。
アスピリンだけなら内服治療ですから負担はそれほどありませんが、ヘパリンもプラスするとなると、毎日注射をするという手間がありますし、費用もかかります。
皮下注射なので皮下出血などを起こしやすくなることもあるでしょう。
治療効果への期待とそれらの負担を考えたうえでどうされるか。
そのあたりのことを担当の先生とよく話し合ってみてはいかがでしょうか。
薬の胎児への影響
もしヘパリンを使用する場合は、赤ちゃんへの影響や副作用は心配ありませんか?
小田原先生 ヘパリンに関しては、現在使っているものは胎児に対するリスクはないと考えていいと思います。
同じ抗血液凝固作用がある薬で、通常、心筋梗塞や肺塞栓などの予防に使われるワーファリンⓇなどは、胎児に影響があるので使用できませんが、ヘパリンは胎児そのものに害を及ぼすということはありません。
使っているご本人への副作用については、抗凝固作用ということで当然、出血が起きやすい状態になります。
体外受精などで妊娠された場合は子宮の中に出血が起こる場合もありますので、妊娠中もチェックが必要です。
また、急に帝王切開になった時は、拮抗剤を使って出血を防ぐこともあります。
医師の適切な管理のもとで使用すれば問題はないので、ご安心いただきたいです。
漢方やサプリメント
漢方薬やサプリメントなどで改善することはできないのでしょうか。
小田原先生 血流を改善する作用がある漢方薬やサプリメントもありますが、きちんとしたエビデンスはまだありません。
第 12 因子欠乏症に関してはやはり、アスピリンによる治療が基本であると思います。
着床不全もそうですが、不育症に関してはまだまだエビデンスが足りず、血液凝固異常、染色体異常など、こういった異常がどのくらい不育に関わっているのかが、まだはっきりと解明されていないんですね。
実は明らかに不育症の診断基準に合致するケースというのは少なく、診断基準には当てはまらないけれど検査結果は陽性、というケースがほとんどのように感じます。
そのような場合の治療にはいろいろな考え方があるので、信頼できる医師のもとでよく説明を受けて、納得されたうえで治療法を選ぶことが一番だと思います。
口ひげさんはまだお若いので、じっくり検討されて、後悔のない治療を受けていただきたいですね。
★何回流産したら検査が必要?
かつて日本では、3回以上くり返す流産・死産を習慣性流産と定義し、検査・治療の対象としてきた。
しかし高齢妊娠や不妊症の増加、少産化によって妊娠そのものが貴重なものと認識されるようになり、現在では2回流産をくり返した時点で不育症としてスクリーニング検査を行うことが一般的になっている。
場合によっては1回の流産でも検査を行うこともあるが、不育検査は保険診療適用外なので、回数より、検査を希望した時点が検査の開始時期と考えてよいだろう。
★着床不全の検査と治療
良好胚を何回か移植するものの妊娠に至らない、体外受精の反復不成功は、不育症ではなく着床不全と定義される。
着床不全は、胚の状態のほか、流産処置後の内膜希薄化など子宮内膜因子が関わっているとされているが、不育症の検査・治療を併用するケースもある。
同院では、着床不全で、なおかつ抗PE抗体や第 12 因子などの異常を認め る症例については不育症治療の対象にしているが、夫リンパ球免疫療法など、副作用の問題、一定の侵襲をともなう治療については慎重に判断している。
※血液凝固因子:血液を凝固・止血する時に必要な因子で、12種類ある。
※アスピリン、ヘパリン:血管内で血液が固まるのを予防する薬。抗リン脂質抗体症候群における習慣性流産にも用いられる。
※抗PE抗体:血栓症や流産との関与が指摘されている自己抗体。