生殖補助医療施設の現状、そして今後の課題とは?

日本で初の体外受精が行われてから28年。 生殖補助医療施設の現状について、不妊治療の安全性、 そして今後どうあるべきかを、今号と次号にわたり、 日本産科婦人科学会前理事長の吉村泰典先生、 セントマザー産婦人科医院の田中温先生、 セント・ルカ産婦人科の宇津宮隆史先生に語っていただきます。

特定不妊治療費助成制度は まだまだ改善が必要

最近、巷でも不妊治療に関連するニュースが多く取り上げられるようになってきました。

国内でも不妊治療を専門とするクリニックが増加し、患者数も増えていくなかで、今後ますます求められる医療となっていくのではないでしょうか。

その状況のなかで、不妊治療は今後どう発展していくのでしょうか。そしてその課題とは?

そこで今回は、特定不妊治療費助成制度など、国内の不妊治療における制度改革に尽力されてきた、日本産科婦人科学会の前理事長である吉村泰典先生と、患者さんにとってよりよい治療環境やさらなる制度の改善を熱く望むセントマザー産婦人科医院の田中温先生、セント・ルカ産婦人科の宇津宮隆史先生とともに、不妊治療の現状や課題について語っていただきました。

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専門クリニックが増え、以前より不妊治療が受けやすい環境になってきたと思いますが、なかにはまだ不妊治療をすることを躊躇される方もいらっしゃいます。

そんな方にとって、ハードルの一つとなっているのが治療費。

体外受精などでは公的健康保険を適用することができず、代わりに助成金制度がありますが、それにも不満を感じ
ている方が多いようです。

吉村 日本の不妊治療の水準は世界的に見ても非常に高いのですが、施設によって治療内容や治療成績における見解など、いろいろなことが異なりますから、生殖補助医療に対して公的健康保険制度の適用をすることは難しいと思います。

画一的に見なければならない保険制度はなじみにくく、現状では特定不妊治療費助成制度以上のことはできないのではないかと思います。

田中 特定不妊治療費助成制度は、 10 回の治療まで受けることができますね。

この制度により「子どもは諦めていたけれど、助成金を受けられるなら治療を頑張る」と、40 歳以上の方が不妊治療を受けることが増えてきたのではないでしょうか。

吉村 確かに 10 回ですが、1年間に受けられる回数には制限があります。

40 歳の方に年間2回だけということになると、 10 回受けるのに 45 歳までかかる。

年齢が上がれば、3年も4年も不妊治療を続けるという方は減っていくと思います。

ですから、もっと集中的に治療ができるよう、2年間で6回は助成金を受けられるようにしていきたいと考えています。

そうすれば、不妊治療を利用する方はもっと増えていくのではないでしょうか。

来年くらいまでには改善できるように訴えていきたいと思っています。

宇津宮 患者さんのためにも、それはぜひやっていただきたいですね。

田中 助成金を受けられる所得制限が730万円ということについては、どうお考えになりますか?

吉村 所得制限を設けたことは確かに先進的だったと思います。

しかし、730万円というのは夫婦合算の所得ベース。

体外受精を受ける方は比較的年齢も高いので、その年代で共働きだったら、この制限を超えてしまう方は多いと思います。

田中 一生懸命働いて税金を払っている人ほど助成金を受けられないことになる。

どこか矛盾を感じますよね。

吉村  40 歳以上で助成金を受けている方は全体の 10 ~ 15 %程度です。

体外受精および顕微授精で助成金を受けている方は3割ほどですから、逆にみれば7割の方が受けていないということです。

それには、このような年齢と所得の関係、そして年間の回数制限も影響しているのではと思います。

田中 患者さんにとっては確かにそれがハードルになっているのかもしれません。

吉村先生、所得の上限も緩和されるよう、ぜひ、ご努力をお願いいたします。

年間300周期以上なら 技術水準に差はない?

冒頭で不妊治療を専門とするクリニックが増えてきたと申しましたが、その分、患者さんにとって病院の選択は重要な課題になります。

不妊治療を受ける方にとって、やはり最終的に目指すゴールは妊娠です。

そのためにまず考えるのは、〝確実に結果を出せる病院を〟ということになると思いますが、現在、施設によって技術の差はあるのでしょうか。

吉村 技術的に見れば、現在はそれほど大きな差はないと思います。

宇津宮 ある一定レベルの回数を行っている施設なら、おそらく同じくらいの技術の水準でしょう。

吉村 私は年間300周期くらいが基準になると思います。

そのくらいの数を行っていれば、医師やスタッフの技術、インキュベーター等設備の状態、つまりソフト面においてもハード面においても、きちんとクオリティ・コントロールがされていると思います。

扱う数が多く経験豊富な施設ならば、技術や設備の水準も高くて安心ということですが、実際に私たちが病院を選ぶ際、施設が発表している妊娠率などの数字的データに目がいってしまいますが……。

田中 現在、妊娠率のデータの出し方が統一されていないので、それで比較するのは難しいですね。

対周期なのか、対移植なのか。

データを出す時に何を分母にするかによっても数字は大きく異なってくると思います。

対移植にすれば、低刺激などでも卵が採れれば結構いいデータが出ますが、治療を開始した周期の割合で出すということになると、移植がキャンセルになる方もいるので妊娠率は下がってくると思います。

宇津宮 妊娠率のデータを出す時の分母が各施設によって異なるというのは、患者さんにとって悩ましいところですよね。

田中 一番正確なデータは生産率だと思います。

妊娠までではなく、無事に出産して赤ちゃんを抱いて帰ることができる確率。

宇津宮 それも、治療を開始した周期を分母にしたものですね。

僕もそれが一番だと思います。

田中 ところが、日本では生産率をきちんと提示している施設が意外と少ないんです。

吉村 日本産科婦人科学会では対移植周期で生産率をとっています。

数字的なデータは、皆さんが病院を選ぶ時に重要なファクターになる。

検討する際、施設のホームページを参考にする方が多いと思いますが、ここには当然、一番いい数字が出るデータを
掲載してあるはずです。

これは日本産科婦人科学会のデータとはまったく異なります。

欧米では不妊治療は公的管理のもとにあるので、そのようなことはできません。

数字を偽った場合は、その施設は診療継続が困難になります。

本当は日本でも、妊娠率や生産率に関するデータは国がきちんととって統一しなければいけないと思いますね。

宇津宮 僕らが最も苦労して頑張っているのは、いい卵を採ること。

きちんと戻せる卵を採ることなんです。

吉村 採卵はしても、いい卵がなくて、移植がキャンセルになる場合、対移植を分母にすると、卵を戻さなくても数字には出てきませんからね。

宇津宮 そこがもどかしいところです。

これから病院を選ぶ方には、妊娠率を出す時の分母をしっかり見てほしいですね。

大きな意義を持つ 長期的な追跡調査とは

保険の適用、助成金の問題、見解の統一など、日本の不妊治療は、まだまだ課題があるということでしょうか。

吉村 日本の生殖補助医療は、この 30 年間いろいろなことがありましたが、私は概ね良好な方向に進んでいると思っています。

胚の凍結のレベルが高く、患者さんにもやさしいうえに多胎も少ない。

これを皆 30 年間で達成しているのですから、欧米と比べたらいい状態になっていると思います。

ただ1つ欠けているのが、生殖補助医療における長期的なデータ。

つまり、生まれた子どもの追跡調査です。

これをきちんと取ることで、日本の生殖補助医療がさらに成熟していくと思います。

体外受精や顕微授精に対する社会の認識、ひいては保険の適用や助成の制度など、これまでの概念を大きく変えていくことができるのではないでしょうか。

 体外受精や顕微授精に対する認識というと、やはり現状では「安全性について不安がある」と思っている方がまだまだたくさんいらっしゃると思いますが。

吉村 日本で体外受精が始まってから 30 年以上見てきて、治療の技術そのものが悪い影響を与えている例というのはほとんどないと思っています。

概ね安全であるという考え方のほうが一般的になってきているのではないでしょうか。

体外受精でさまざまな問題が起こってしまうのは、ご夫婦の年齢、そして多胎が大きな要因になってくると思います。

多胎の防止に関しては、日本産科婦人科学会では1996年に、戻す胚を3個以内にする、2008年には1個にするという会告を作りました。

そのような取り組みをする国は世界的に見てありませんが、日本は積極的に、モラル感をもって取り組んできたので
す。

おかげで、欧米の多胎率は 20 %程度ですが、日本では7%程度に抑えられています。

このようなことから考えても、欧米に比べて今や日本の生殖補助医療というのは非常に成熟した状況だと思います。

障害や問題が起きやすい要因である多胎が減った状況のなかで、長期的なデータを取っていけば、より正確な安全性を証明できるのではないかと思います。

現在、ほとんどの施設で定着した凍結胚移植に関しても、安全性は保障されていますか?

吉村 日本は海外に比べて凍結胚移植が圧倒的に多いです。

さらに、凍結で生まれた子どものほうが新鮮胚で生まれた子どもより体が大きいという報告もあります。

2008年のデータでは、胚盤胞を凍結して生まれてきた子どもが、一番体重が重いという結果が出ています。

世界的に見てもこのような国はありません。

それは凍結技術が優れているということだと思いますが、その後、子どもたちがどう育っていくかということは、調査していく必要があります。

これは、長期的な調査を万の単位で行うことによって、本当に意味のあるデータを出せるようになるのではないでしょうか。

凍結胚移植のリーダー国であるからこそ、しっかり調査を行っていく責任があると思います。

 生殖補助医療で生まれた子どもの追跡調査というのは、欧米のデータでは見たことがありますが、日本ではこれまで本格的に行われてこなかったのでしょうか。

田中 以前、5歳児の身体的・精神的な発育を詳しく調査したものがありましたが、数は815例ほどでした。

確かにこれまで、国などがきちんと参加して日本全体として追跡調査をやっていこうという機運がなかったんですね。

それではいけないと、吉村先生が中心となり、昨年から行政の一環としての追跡調査が始まりました。

精神的な発育状況はどうか、生活習慣病にかかっていないかなど、長い期間、子どもの状態を追っていくデータは大変意味のあるもので、吉村先生がおっしゃるように日本の生殖補助医療の概念を大きく変えていくものになると思っています。

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追跡調査は、日本の今後の不妊治療において、大きな意義を持つこととなりそうです。

次号では、その具体的な調査について、先生方にお話しいただきます。(次号へつづく)

 

慶應義塾大学医学部産婦人科 教授 吉村 泰典 先生 慶應義塾大学医学部卒業。 1983 年から米国ペンシルバニ ア病院、米国ジョーンズ・ホプ キンス大学勤務、1990 年杏林 大学医学部産婦人科助教授を経 て、1995 年から慶應義塾大学 医学部産婦人科 教授に。現在、 日本生殖医学会理事および日本 産科婦人科内視鏡学会理事。 今年 6月まで日本産科婦人科学 会理事長を務める。
セントマザー産婦人科医院 院長 田中 温 先生 順天堂大学医学部卒業。越谷 市立病院産科医長時代、診療 後ならという条件付きで不妊治 療の研究を許される。度重なる 研究と実験は毎日深夜にまで及 び、1985 年、ついに日本初の ギフト法による男児が誕生。 1990 年、セントマザー産婦人 科医院開院。日本受精着床学 会 副 理 事 長。2009 年 より 2011年までJISART 理事長。
セント・ルカ産婦人科 院長 宇津宮 隆史 先生 熊本大学医学部卒業。1988 年九州大学生体防御医学研究 所講師、1989 年大分県立病 院がんセンター第二婦人科部長 を経て、1992 年セント・ルカ 産婦人科開院。国内でいち早く 不妊治療に取り組んだパイオニ アの一人。開院以来、妊娠数 は 5000 件を超える。今年 7 月に、大分駅南口に移転。世界 レベルの不妊治療技術を提供 できる施設を目指している。

 

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不妊治療に関するドクターの見解を取材してきました。