人工授精に必要な精子の運動率ってありますか?【医師監修】

人工授精の場合、心配なのが男性の精液検査の結果。 醍醐渡辺クリニックの渡辺先生に、 人工授精において見逃せない精子の話を伺いました。

【医師監修】渡辺 浩彦 先生 滋賀医科大学卒業後、京都大学医学部附属病院産婦人科、大津赤十字病院、 済生会茨木病院などを経て、1971年に父親の意思を引き継いだクリニックを 地元で開院。不妊治療から分娩まで手がけ、365日24時間の診療体制を とる。O型、おとめ座。多忙な先生の密かな楽しみは、暇を見つけて「西国 三十三所」の札所を巡ること。「比較的近いところが多いので、思い立ったと きに行きやすいんですよね」。10年くらい前から、少しずつ訪ね歩いているそう。

ドクターアドバイス

精子の数値にこだわる人が多いけれど、 実は大切なことが見逃されている。

ぽんさん(会社員・29歳)からの投稿 Q.主人の精液検査の結果、運動率が20~30%とあまりよくありません。 前回、基準値の10 分の1しかなかった濃度は、 今回基準値以上で、奇形率はいずれも基準値以内。 また人工授精後の帰り道で、下着が濡れたのも気になりました。 こんな運動率でも人工授精で妊娠できますか?

人工授精に必要な運動率

今回初めて人工授精された、ぽんさんの投稿です。ご主人の精液検査の結果が思わしくないということですが、人工授精に必要な精子の運動率ってありますか?

渡辺先生 数値だけで切るわけにはいかないんです。ただ、一つの目安として運動率 20 %くらいというのがあるでしょうね。

じゃ、運動率 20 %以下は全然可能性がないのかといえばそうじゃない。

精液をうまく洗浄・濃縮できた場合、また、運動率が低くても運動の仕方が元気なものがあれば受精可能だと思います。

精液の洗浄・濃縮とはどんな処置ですか?  それをすることで、なぜ妊娠率がアップするのでしょうか?

渡辺先生 人工授精の場合は、採取した精子をそのまま注入するのではなく、遠心分離や ※イムアップ法によって不純物を取り除き、洗浄・濃縮して元気な精子を集めることが一般的に行われています。※スイムアップ法:精子に培養液を加えて遠心分離をし、静置後、下に沈んでいた精子のうち泳ぎ上がってきた良好な精子(運動精子)を採取する方法。

ここで、当院の過去のデータを見てみましょう。精液1㎖あたり4000万匹以下の濃度で、かつ運動率が 20 %以下と、両方の数値が低い方の場合、妊娠成功例はかなり少ない。

しかし、数が少なくても運動率が高ければ、妊娠率は高くなっている。したがって、人工授精による妊娠を希望され
る方は、この基準をクリアしていることが望ましいと当院では考えています。

運動率より大切なこと

精液中の精子の数が少なくても、元気のいい精子の割合が高ければ、人工授精で妊娠する可能性があるということですね。

渡辺先生 そうです。ただ、みなさんは運動率などの数値を大変気にされているみたいですが、人工授精の場合、私はもっと大切なことに目を向けてほしいと考えています。

余談になるのかもしれませんが、人工授精というのは、非常にタイミングを合わせるのが難しい治療です。半日タイミングがずれただけで、ことごとくその周期の妊娠はダメだと思ってもらったほうがいい。少し難しい話になりますが、精子は子宮に入ることによって受精能を獲得します。
ところが、受精能を得た精子は、十数時間しか生きられない。

人工授精の場合、子宮の中に多くの精子を送り込んでも、子宮の中で一度に受精能獲得が起こると、十数時間後には精子がすべて死滅してしまう。かたや、排卵された卵は8時間くらいしか生きられません。

朝、人工授精して、夜中に排卵痛があるようじゃもう遅いんです。

そんなに短い時間ですか。

渡辺先生 はい。当院では人工授精をした翌日の体温がまだ上がっていないときは、もう一度来てもらって、人工授精を行うことがありますよ。

一方、タイミングを合わせて行う性交渉は、腟の中にいったん精子がプールされて、子宮に少しずつ送り込まれている、
後から精子が補充できている状態です。つまり、自然の性交渉のほうが少しタイミングの合う幅が広い。

合によっては下手な人工授精より、性交渉で行うタイミングのほうがいいこともある。

子宮内により多くの運動精子を送り届けるという、人工授精のメリットはもちろんあります。ただ、何度か人工授精を試みて、ダメだった場合は体外受精へのステップアップを考えたほうがいいと思います。

人工授精のメリット・デメリット

体外受精へのステップアップのタイミングはありますか?

渡辺先生 ヒュナーテスト(性交後試験)の結果がよくて、卵管に異常がなく、排卵もしていたら人工授精のメリットはあまりないでしょうね。5〜6回の人工授精で結果が出ない場合、 ※ピックアップ障害や ※内膜症など、他の要因があるかもしれないので、当院では早めのステップアップをすすめます。

ピックアップ障害:排卵した卵子を卵管内に取り込む機能がうまく働かない状態。原因の1つに卵子をピックアップする役割をもつ卵管采の癒着がある。 ※ 子宮内膜症:子宮内膜に類似した組織が骨盤内の臓器、例えば卵巣や卵管、ダグラス窩などで増殖し、炎症を起こしたり出血したりするもの。

卵巣の予備能力の低下が懸念される 30 代後半であればなおさらですね。

人工授精のメリット、デメリットについて、一般の患者さんにはもっと積極的に説明がされるべきではないでしょうか。

人工授精だけに頼ってその前・後に性交をしないのは良くないと知って、救われる人がかなり多いのではないか。つねづね私はそう感じています。

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