検査の有効性や実際の例、気をつける点について、足立病院の中山貴弘先生にお話を伺いました。
遺伝子から「着床の窓」を特定するERA
通常、子宮内膜はコーティングされていて菌やウイルスが侵入できない構造になっています。胚も侵入することはできません。ただ、1カ月の月経周期のうちおおよそ30時間だけコーティングがはがれ、着床可能となります。この期間のことを「着床の窓」と呼んでいます。30時間を超えると窓は閉じてしまい、次の月経周期まで開かないため、胚の移植はこの時期にすることが望ましいとされています。窓が開く時期には個人差があり、約20~30%の人は「着床の窓」が開く時期が半日~1日ずれていることがわかっています。
遺伝子でコントロールされている「着床の窓」を特定するのが「ERA」です。子宮内膜の組織の一部を採取し、248種類の遺伝子の動きを調べることで、着床の窓が開くタイミングとその時間を特定することができます。
「着床の窓」は黄体ホルモン(プロゲステロン)の分泌が始まってから数日後に開くため、検査はホルモン補充周期中に実施します。痛みはほぼありません。検査の結果、前回の移植では早かったのか、遅かったのかがわかるので、次の月経周期に合わせてピンポイントで移植することができます。
当院では、胚の質がいいのに2、3回移植しても着床しない着床不全の人、年齢的な理由で妊娠を急いでいる人、胚が少ない人、着床前染色体異数性検査(PGT-A)を受けている人などにERAをすすめています。
「ERAをもっと広めて」10回目で着床した人も
当院でERAを用いた患者さんの例を紹介しましょう。お一人目は当時20代で、第1子を体外受精で出産。その後2人目の妊娠を希望されていましたが、5回胚移植しても着床しませんでした。ERAで調べたところ、着床の窓が半日ズレていることが判明。その時期に移植して6回目で着床しました。3人目の時も半日早かったと記憶しています。
もう一人は当時40代の方。胚に問題がないのに何度移植しても着床せず、諦めるしかない、という患者さんでした。ERAで「着床の窓」を調べ、10回目の1日遅い移植で着床した時「ぜひこの検査を広めてください」とおっしゃったのが印象的でした。
また最近になってわかってきたことなのですが、患者さんのなかには、1日よりもっと短期間しか窓が開いていない(窓が狭い)ことがあり、ERAの結果を見ながら半日、さらにその半分、といった微調整をして移植し、着床したケースもあります。こうした対応が可能なのもERAが半日(12時間)単位で「着床の窓」を特定できるからです。
もっとも大切なのは「定規」の再現性
着床できない原因が「着床の窓」のズレであるとわかった場合、窓が開いている時に合わせての移植となりますが、その時にもっとも重要なのは検査時と同じように移植時にも着床の窓が開く時期を再現させること、つまり「再現性」です。私は患者さんに説明する際には定規に例えていますが、ERAで「ここで窓が開きます」という定規を作り、月経周期に整えておかなくてはなりません。そのためには決められた薬を正しく服用し、ホルモン補充療法をやっておくこと、そして、血液検査で黄体ホルモンの数値が上がっていないか確認しておく必要があります。これが守られず黄体ホルモンの値が基準値より高く出てしまうと、すでに排卵が始まっている可能性があり、その周期のERA検査はキャンセルとなってしまいます。薬の飲み忘れなどで着床の窓がズレてしまわないよう、服薬コンプライアンスを徹底することが求められます。
また、一度の内膜採取で同時に行える、子宮内環境を調べる「EMMA(子宮内膜マイクロバイオーム検査)」「ALICE(感染性慢性子宮内膜炎検査)」を併用することで、より着床しやすい環境を整える方も多くいらっしゃいます。
ERAは保険診療中でも先進医療として受けられる
現在、ERAは保険診療ではありませんが、保険で治療している方は先進医療という形で受けることができます。検査費はおおむね15万円前後のため、二の足を踏む人もいらっしゃいますが、生命保険の先進医療特約に加入している方は保険でカバーできます。また東京都など、自治体によっては補助金や助成金が出る場合もあります。ぜひお住まいの市町村に問い合わせてみてください。
確かな研究を根拠に原因不明の不安感も払拭
私は体外受精に携わった当初から、着床の窓に着目していました。胚に問題がないのに着床しない人は窓がズレているのではないか、そのメカニズムを解明する研究を待望していました。ERAの登場は画期的で、その研究内容も信頼できるものであったため、確信をもって導入しました。移植を早めたり遅らせたりする判断は、専門医でさえ、時間のズレが大きいほど勇気が要ります。ERA検査で根拠が示されることで、「ここだ!」と自信をもって挑むことができるのです。
ERA検査はまだまだ患者さんに知られていないと感じることも多いですが、内容を丁寧に説明すれば、ほとんどの患者さんは検査に前向きです。今では当院の臨床には必要不可欠な検査です。
原因不明の不妊治療や、着床不全の方にとって、原因がわからないことこそが、漠然とした不安の種になっているのではないでしょうか。ERAによって、着床の窓のズレが判明すれば、次の治療の手がかりが見えてきますし、精神的な安心感にもつながります。これは治療を続けていくうえで、とても大切なことです。そういう意味でも、ERAを多くの人に知っていただき、不妊に悩む人の治療の一助となることを願っています。