今年の4月から保険適用になる不妊治療。けれど、なかには体外受精でも妊娠が難しいケースもあり、これをサポートする新しい検査や治療の臨床研究が進められています。不妊治療の最前線について、なかむらレディースクリニックの中村嘉宏先生に、詳しく教えていただきました。
受精卵にストレスが少ない環境で培養&観察できる
タイムラプスで妊娠を期待できる受精卵をより正確にセレクト
タイムラプスによって観察方法が変化したことで、従来よりも妊娠を期待できる受精卵を選ぶ精度が高くなっています。通常、受精後の卵子のなかには、卵子由来の前核(染色体を包んでいる細胞内器官)と精子由来の前核がそれぞれ1個ずつ存在し、2つの前核が見える時期があります。この時期を前核期といいます。2つの前核が形成されていれば正常受精と判断されます。しかし、前核は観察時期によっては見失うことがあり、見逃すと正常受精か異常受精か判断できないことがあります。最新のタイムラプスインキュベータは、ディープラーニングを利用した画像解析ソフトを搭載し、前核が2個あることを自動で検出することが可能です。
ほかにも受精卵の分割過程でこれまで知られていなかったこともいろいろわかってきました。たとえば、正常な受精卵は1細胞→2細胞→4細胞→8細胞期の順に分割・発育しますが、異常な受精卵は1細胞が1回の分割で3細胞にいきなり分割(ダイレクト分割)することや、一度分割した細胞が再度融合して元の形に戻る(リバース分割)ことがあります。このように異常分割する受精卵は発育能力が低いとされていますが、従来のインキュベータでは検出できませんでした。これらの異常も最新のタイムラプスインキュベータでは検出可能です。
また、タイムラプスインキュベータ専用の培養皿を使うと、受精卵の直径などの計測が簡単に行えます。直径が大きいということは発育速度が速いということです。発育速度が速い受精卵は着床率が高いので受精卵が複数個ある時は、移植する受精卵の優先順位をつけやすくなります。
タイムラプスを使用したら胚盤胞の妊娠率が10%アップ
当院では採卵した卵子を胚盤胞まで培養する場合、受精卵にとってより良い環境や培養液を選択し、発育が速く、グレードが良好な胚盤胞に到達するように心がけています。その一つとして、2018年からタイムラプスインキュベータを導入し、体外受精を希望される全症例に使用しています。
2017年(従来型インキュベータ)と2018年(タイムラプスインキュベータ)の凍結融解胚盤胞移植における当院の妊娠率の比較では、タイムラプスを使用した場合、妊娠率が約10%上昇しました。海外の論文でもタイムラプスインキュベータで観察できる胚盤胞への到達速度などさまざまな指標を利用して凍結胚盤胞を選別し、選別された胚を移植することで妊娠率が上昇すると報告されています。
さらに、2020年にPGT ーA(着床前染色体異数性検査)を臨床研究として導入しました。PGT ーAを行った胚とタイムラプスインキュベータの観察過程を調べたところ、胚盤胞への到達が速く、ダイレクト分割やリバース分割などの異常分割がない、形態の良好なものが正常胚である可能性が高いという相関関係も見えてきました。今後はタイムラプスやPGT ーAによって、妊娠を期待できる胚をより正確に選べるようになるでしょう。その結果、妊娠率の向上、流産率の低下、ひいては生産率の上昇が期待できます。