情熱のカルテ~本山光博先生

不妊治療に携わることになった理由や それにかける想いなどをお聞きし、 ドクターの歴史と情熱を紐解きます。

中央クリニック 本山光博先生

新治療がベストとは 限らない 確立した治療を着実に 応用するのが 臨床医の務めです。

分割胚の神秘に触れ、 自然と生殖医療の道へ

──本山先生が生殖医療に携わるようになったのは何かきっかけがあったのですか?

本山先生「最初は卒業した大学で今とはまったく違う麻酔科に 2 年間勤めていたんです。

その後、広島からこの栃木に移り、自治医科大学病院の産婦人科に入局しました。

ここでは今では珍しくないですが、救急治療をやっていて、分娩の忙しさに圧倒されました。

産婦人科に進もうと思ったのは、ここでの体験と、父がもともと産婦人科医だったことから、自然の成り行きだったのかもしれません。

のですが、その時にはじめて見た「分割胚」の神秘には本当に驚きました。

この時の経験こそが、今の私につながっています」

当時珍しかった、 カウンセリングの ある個人病院をスタート

── 20 年前、先生が開業されるにあたり、重視されたことはどんなことでしたか?

本山先生「大学病院ではたくさんの女性や妊婦さんを見てきました。

そこにはいろいろな事情を抱えた方がいました。

たとえば、家の事情で絶対妊娠しなければならないのになかなか授からない人、受診したいけれど受診に踏み切れなかった人など…。

当時はそういった人の相談を受けたりサポートしたり、また、不妊治療そのものについて学べる場所がなかったんですね。

だから、開院時には一般不妊治療のこと、また高度生殖医療を学べる学級を設置しました。

“不妊治療に必ずはない”ということも知っておいてもらいたいという想いもあり、治療を受ける前に不妊治療について学んでもらいたいと思っていたからです。

日々、生殖医療技術は躍進していますが、それでも凍結胚移植も含めて妊娠率は 20 %ほど。

その 20 %にご夫婦で協力しながら臨めるかどうかを見極めてもらいたいのです。

そして、不妊治療にあたって、奥さんがどれだけ大変なことをしているか、とご主人にも知ってもらいたかったので、ご夫婦二人で来院してもらうようにしました。

同時に、治療に行き詰まった人などの話を聞いたり、気持ちのコントロールをサポートするカウンセリングも行うことにしました。

今では一般的になりましたが、20 年前は、不妊治療しているということも公にできなかった人もたくさんいましたから、FAXで悩みを受け付けたりもしていたんですよ」

20年の間に女性の ライフスタイルは激変

──開業されて 20 年経っていますが、不妊治療に対する女性の変化を感じられますか?

本山先生「本当に変わりましたね。開院当時は結婚平均年齢が 24 歳台だったのが、今は 29 歳台。

約 5 歳も違いますから不妊治療を始める年齢も 33 ~ 34 歳が平均です。

そして来院する方は、皆さん本当に不妊治療についての情報をよく知っていらっしゃるので驚きます。

また、「男性不妊」も以前とは違って一般的になってきましたね。

ただ、女性が高学歴になり、就業率が上がりいろいろなことが右肩上がりに変化しても、女性という生物そのものの変化はまったくないのです。

ここだけはこの先も変わることはなく、 30 歳を境に妊娠率は下がってしまうというということを知識として広めていかなければならないと考えています。

そしてこういう時代だからこそ、ますます私たちがお手伝いする機会が必要になってきたと考えています」

八重洲や宇都宮のクリニックでも同じ治療をされているのですか?

本山先生「八重洲や宇都宮クリニックを開いたのは、開院当時、地方からわざわざ新幹線を乗り継いでここまで来る患者さんが多かったことです。

時代は変わってきましたが、今でも採卵の直前までのプランニングは八重洲、宇都宮のクリニックでできるようにしていますし、各クリニックのドクターとのカンファレンスも密に行っています」

── 先生のクリニックにいらっしゃる方や不妊治療を望まれる方へ伝えたいことは?

本山先生「当院の使命は、時間というフィルターを通した今ある確実な治療を、段階を踏みながら着実に進めていくことだと考えています。

治療にあたり皆さんにお伝えしたいのは、来院は“卵巣の都合で決まる”ということ。

そのため、仕事を犠牲にしなければならないかもしれません。もちろん、両立することが理想ではありますが、不妊治療にあたってはそういった事態もよく理解したうえで治療に臨めるといいですね。

また、治療は100%の結果が出ないということも、必ずご夫婦で理解してもらいたいですね。

治療をしていてもうまくいかず、最後に最終決断をくださないといけない、という事態も十分にあり得ます。

このような状況になることも踏まえてライフプランをお二人でぜひ話し合ってください。

今年、当院第一号の赤ちゃんがなんと成人式を迎えたという連絡をもらい、本当に感慨深いものがありました。

この先は、当院から生まれた子どもたちの 2 代目の赤ちゃんを見られたら嬉しいですね。

こんなに自然豊かで土地も広い環境ですから、温泉治療や運動療法などもこの先できるかも、なんて考えています(笑)。

とにかくできる限り長く、不妊治療に携わっていくのが私の今の願いです」

 

本山 光博 先生 1980年、広島大学医学部卒業。 同大学付属病院医員、自治医科大 学産婦人科を経て、1993年、緑豊 かな栃木県下野市に「中央クリニッ ク」を開設。開院当時は珍しかった 不妊治療学級やカウンセリングの設置 に努め、不妊治療をトータルにサポー ト。地方からもアクセスしやすい宇都 宮、東京・八重洲にも同クリニックを 開設。
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不妊治療に関するドクターの見解を取材してきました。